レディバードブックス100点セット
 

 

鉄道の子供達

〈ことのはじまり〉

 彼らも最初は鉄道好きな子どもたちではありませんでした。彼らはロンドンの近くの郊外住宅に、お父さんやお母さんといっしょに住んでいました、その家はれんが造りで、玄関のドアには色ガラスがはまっており、白ペンキがたくさん使われていて、家の広告のいう「近代設備がすべて」 整っていました。彼らが列車に乗る機会は、動物園とかマダム・タッソーズ (ロンドンにある、ろう人形館) とかに行くときだけでした。
彼らは3人きょうだいでした。長女のロウバータは、たぶんお母さんのひそかなお気に入りでした。ピーターは技師になりたいと思っていました。
フィリスはいい子でした、しかし、ものごとがうまくいかないと思うことも、ときにはありました。
彼らはジェイムズという名の犬を飼っていました、そしてお母さんは物語を読んでくれたり、宿題を助けてくれたり、みんなの誕生日には愉快な詩を書いてくれたりしました。お父さんはまさに申し分のない人でした──怒ることはなく、いつも公平で、ふざけるのが好きでした。
ある日、恐ろしい変化がこの家族を見舞うまでは、みんな幸福そのものでした。
ある晩おそく、2人の男がお父さんをたずねてきました、お父さんはピーターのためにおもちゃの機関車を直しているところでした。やがてタクシーが呼ばれ、お父さんはそれに乗って、行ってしまいました。お母さんは真青な顔になり、たいへん心配そうでした。彼女は子どもたちに、いい子にしていて何も聞くのではありませんよ、と言いました。
子どもたちは、何をどうしていいかわからないなりに、一所懸命お手伝いをしました。ロウバータには、何か重大なことが起ってお母さんにみじめな思いをさせているのだということがわかりました。
「ねえ」 と、フィリスが言いました 「お姉さんはいつも、とても退屈だと言ってたじゃない──本の中に書いてあるようなことが何も起らないって。こんどは何かが起ったのよ」
「お母さんを不幸にするようなことに起ってもらいたくなかったわ」 と、ロウバータが言いました。「何もかもいやなことばかりですもの」

 数週間の間、とてもいやなことばかりが続きました。やがて彼らは、お父さんは仕事で行ってしまったこと──政府のために働いていること──そして、長い間帰ってこられないかもしれなし、ということを聞かされました。お母さんは言いました 「心配しないで。最後にはみんなうまくいくわ」
彼女は子どもたちに、田舎の小さな白い家に引っ越すのだと言いました。
世帯道具が全部荷造されました、毛布やおなべまでも。
「こんなぶかっこうなものまで持っていくの、お母さん」 と、ロウバータが言いました。
「役に立つものを持っていくのですよ」 と、お母さんは言いました。「私たちはちょっとの間、貧乏人ごっこをしなければならないのよ、ひよこちゃんたち」
すべての、ぶかっこうだけれど役に立つ品々が荷物運搬車に積みこまれてしまうと、タクシーが来て、子どもたちを駅に運びました。長い旅だったので、子どもたちは列車の中で眠りこみ、お母さんが彼らをやさしくゆすって 「子どもたち、起きなさい、着きましたよ」と言うまで、眠っていました。
彼らは吹きさらしのプラットホームに立って、車掌車のテールランプが暗やみの中に消えていくのをじっとみつめました。彼らはそのとき、自分たちがどんなに鉄道が好きになるのか、またどんなに早く鉄道が自分たちの新しい生活の中心になっていくのか思ってもみませんでした。

 駅から彼らの新しい家までは、長いこと暗い泥だらけの道を歩かなければなりませんでした、そしてフィリスの靴ひもがよくほどけました。彼女は立ち止まってそれを結び直してばかりいました。

 でこぼこの田舎道を歩いていくと、畑の中の出入口を経て、お母さんがあれがお家よと言った、黒ずんでずんぐりした 「3本煙突」 に着きました。
あかりはついていないで、玄関の戸には鍵がかかっていました。荷物を運んできた荷馬車引きが戸口の階段の下から鍵をみつけだして、ドアを開け、台所の食卓の上にろうそくをつけました。台所は、すみの方に家具が積み上げられていて、暖炉には火もなく、暗くて近づきがたいものに思われました。
壁の中でガサガサと走りまわる音が聞こえました。「あれば何の音」 と、少女たちが聞きました。「ただのネズミですよ」 と荷馬車引きが答えて、外に出ていきました。彼が出ていってドアが閉まると、すきま風がろうそくの火を吹き消してしまいました。

 「来なければよかったのに」 と、フィリスが泣きわめきました。
「ただのネズミだってさ」 と、ピーターが暗やみの中で言いました。

〈ピーターの炭坑〉

 「楽しいじゃないの」 と、お母さんが言いました。「あなたたちは、何か起ればいいといつも言ってたじゃないの、そして、今、そうなっているじゃない。これこそ珍しい経験よ」
隣の人が何か夕食を用意しておいてくれることになっていましたが、食べものは何もみつかりませんでした。そこで、彼らは地下室に運ばれていた荷物をさがしました、お母さんがそのひとつを台所の火かき棒でこじ開けました。前の家の食物戸棚から持ってきた食べものの残りや切れっはしが少しありました、それで、彼らは台所で遠足のお弁当みたいな食事をしました。
だれもがとても疲れていました、しかし、へんてこだけれど楽しい食事を見て、元気づきました。何ものっていないビスケットに、クリームがのっているビスケット、イワシ、ショウガの塩漬、料理用の干しブドウ、果物の皮の砂糖漬け、マーマレードなどが並べられ、それといっしょに紅茶茶わんを使って、ジンジャーワインと水を飲みました。
彼らはみんなでベッドを整えるのを手伝いました、そして眠りにつきました。ロウバータが夜中に目を覚すと、お母さんが自分の寝室でまだ動きまわっているのが聞こえました。
次の日の朝、子どもたちは早く目を覚しました、そして、お母さんが起きないうちに朝食の支度を何もかもしてしまおうと、そっと静かにベッドからはい下りました。

 寝室には水道がありませんでした、それで彼らは庭の井戸の水で、もういいと思うまで顔を洗いました。
「洗面器で洗うより、ずっとおもしろいわ」 と、ロウバータが言いました。
「草が石の間であんなにキラキラ光っているわ」
彼らは火を起して、やかんをかけ、食卓の用意をしました。それから彼らは探険に出かけました。

 彼らの家は山の斜面の野原の中に建っていました。下の方に鉄道の線路と、大きく□を開けているトンネルの黒い入口が見えました。駅は見えませんでした。大きな橋があり、その高いアーチが谷間にかかっていました。
彼らはみんな草の中の大きくて平らな石に腰かけ、汽車を待ちかまえました。お母さんが8時になって行ってみると、彼らは太陽の光で暖められ、満足しきったようにぐっすり眠っていました。
そのときには、火はもう消えていて、やかんもふっとうして水がなくなっていました。しかし、お母さんは別の部屋に夕食がそのままあるのをみつけていましたので、彼らは朝食にそれを食べました──冷たいローストビーフ、バタつきのパン、チーズとアップルパイがありました。
午後遅くまでかかって荷ほどきが終り、お母さんは部屋に横になりに行きました。それで、子どもたちは鉄道を見に出かけました。

 彼らは、ハリエニシダの茂みや黄色い岩がところどころにある短いなだらかな芝生の斜面をすべり下りました。その道の終りのところは険しくなっていて、木の棚があり、そこが線路でした。レールが輝き、電信線があり、まくら木や信号がありました。
突然、ガタゴトと音がして、汽車がシュッシュッと蒸気を吹き出しながらトンネルからとび出てきて、彼らのそばをゴウゴウと通りすぎました。
彼らは汽車がさっと通りすぎるのを感じました。線路の間にしかれた石がとんで、ゴロゴロところがりました。
「まあ」 と、ロウバータが言いました。「大きな竜が通りすぎるみたいだわ」
「汽車をこんなに近くで見られるなんて思ってもいなかったよ」 と、ピーターがあえぎながら言いました。
「あの汽車はロンドン行きかしら、そこにはお父さんがいらっしゃるのよ」 と、ボビーが言いました。(みんなは彼女のことをそう呼んでいたのです)。
「駅へ行ってたしかめよう」 と、ピーターが言いました。
彼らはまくら木をとび石のつもりでふみながら、線路のはしを歩いていきました。電信線が頭上で鳴っていました。彼らは改札口を通らず、坂のようになっているプラットホームのはしから駅に入り、車掌の部屋をのぞきこみました。車掌は新聞を読みながら、半分眠っていました。

 駅にはたくさんの線路が交差していました。トロッコがおいてあるだけの待避線もいくつかありました。その待避線のひとつに、がっしりした壁のように作られた石炭の大きな山があり、そのてっぺんには白い線がかいてありました。駅の上にある鐘が2回鳴ると、車掌が出てきました。彼は子どもたちに、白いマークは石炭がどのくらいあるかを示すためについているので、だれかが石炭を持っていったら、すぐわかるようになっているのだと言いました。
「だから、きみたちもポケットにつめこんで帰るんじゃないよ」 (ピーターは、後になってこの警告を思い出すことになります)。
子どもたちはすぐに、田舎での新しい生活に慣れました。彼らの興味をひくものがたくさんありました。老いた馬が船を引いて綱引き道をこつこつと歩いている運河がありました。谷の向うから水を運んでくるアーチ形の橋は、水道橋と呼ばれていて、さながらロウバータの 「ローマの歴史」 という本の中の絵のようでした、でも何よりも、そこには鉄道があったのです。
彼らの昔の生活は夢のようでした。彼らは決してお父さんのことを忘れはしませんでしたが、お父さんがいないことにも慣れました。お母さんはほとんど1日じゅう物語を書いていて、それを編集者に送りました。送り返されることもありましたが、分別ある編集者が採用してくれることもありました、そんなときには、お茶の時間に半ペニーの甘パンが出ました。
お母さんはしばしば、今はまったく貧乏なのだということを子どもたちに忘れないようにさせました。6月のある寒い日、子どもたちが火をほしがったとき、彼女は言いました 「石炭はとても高いのよ。屋根裏でふざけまわっていらっしゃい、そうすれば暖かくなるわよ」
これを聞いて、ピーターにある考えが浮かびました、しかし、彼は他のこどもたちにそれを話そうとはしませんでした。「いけないことかもしれないから、きみたちを仲間に引っぱりこまないよ」 と、彼は言いました。
「これはぼく1人の冒険なんだ、でも、もしお母さんが何をしているのかと聞いたら、鉱山で遊んでいると言っておいて」
「何の鉱山なの」
「石炭の鉱山さ。しかし、拷問されたって、言っちゃだめだぞ」

 二晩の後に彼は少女たちを呼び、ローマの戦車を持ってきて手伝ってほしいと言いました。(戦車とは、物置でみつけた古い乳母車のことでした)。
彼らはそれを押して、坂をおり、駅へと向かいました。くぼみの中にシダやヒースでおおいかくされた小さな石炭の山を、ピーターは見せました。
「これはセント・ピーター鉱山から掘ってきたんだ!」 と、彼は言いました、そして、彼らはそれを戦車にのせて家に引きずっていきました。
通いのお手伝いさんのヴァイニー夫人は、その週石炭がばかによくもつことに気づきました!
しかし、ある夜恐ろしいことに、ピーターは、ねずみの穴のそばで待つ猫のように待ちかまえていた駅長さんにつかまつてしまいました。彼は、ピーターが白い線が引いてあるあたりの石炭の山をかきまわしているのをみつけたのです。
「ぼくは泥棒じゃないよ!」 と、ピーターは憤然として言いました。「ぼくは石炭掘りだぞ」貨車のうしろにかくれていたボビーとフィリスは勇敢にも出てきて、ピーターといっしょになりました。
「おや、きみたちはギャングの一味なのか!」 と、駅長さんが叫びました。
「3本煙突の家の子どもたちだな。盗みは悪いことだとは知らないのかい。なんでこんなことをしたのかな」
ピーターは、家がまずしくて火がたけないとお母さんが言ったのだと説明しました。彼は、石炭山のまん中から石炭をとることが、悪いことだとは思ってもいませんでした──それは石炭掘りなのですから。

 親切な駅長さんは 「こんどだけは」 見のがしてくれると約束しました。
「しかし、覚えておきなさい、盗みは盗みなんだ、君がそれを石炭掘りと言ってもね。さあ家へ帰りなさい!」
「あなたは話せる人だ!」 と、ピーターが言いました。
「いい人だわ!」 と、フィリスが言いました。
「駅長さん、大好き!」 と、ボビーが言いました。
「いいんだよ!」 と、駅長さんが言いました。

〈老紳士〉

 子どもたちは鉄道からはなれられませんでした。のんびりした田舎で、通っていくものは汽車だけでした、それに子どもたちは名前をつけました。
9時15分の上り列車は  「緑の竜」とつけました。真夜中の急行は 「夜中の恐ろしいハエ」でした。
やがて友だちができました、それは9時15分の汽車に乗ってくる顔色のよい老紳士でした。子どもたちが線路わきの柵のところに立って 「緑の竜」 がトンネルの中のその暗い隠れ家から突進してくるのを見守っていると、その老紳士は新聞紙を彼らに振ってくれました。

 子どもたちはお返しに、あまりきれいでないハンカチを振りました。彼らはその紳士がたぶんロンドンにいるお父さんを知っていて、彼らの気持をお父さんに伝えてくれるだろうと思いたいのでした。
半ペニーの甘パンの出た日、彼らはお母さんが物語を売っているのだと駅長さんに話しました。駅長さんはそんなに賢いお母さんをもっていることを自慢しなきゃと言い、来たいときにはいつでも駅に来ていいと招待してくれました。それで子どもたちは、彼が石炭のことをゆるしてくれたのだとわかりました。
車掌はパークスという名の人でしたが、子どもたちに汽車についてのいろいろな種類のおもしろいことを話してくれました。殺されそうになったときとかのほかは、非常用のひもを引っぱってはいけないのだと彼は言いました。ある老婦人が一度それを食堂車のベルだと思って引っぱって、警備の人がやってきたとき、バス菓子パンを注文したこともあったとのことでした。パークスはまた、こどもたちにいろいろ違った種類の機関車について話してくれました。ピーターはノートに機関車の番号を集めはじめました。
ある日、お母さんが病気になりました、それでピーターは村から医者を連れてこなければなりませんでした。彼はインフルエンザだと言って、薬を彼女に与えました。彼はまた、牛肉のスープ、ブランデー、その他ぜいたくなものをとるようにと言いました。子どもたちはたいへん心配しました。

 「私たち、何かしなければならないわね」 と、ボビーが言いました。「一所懸命考えましょう」 とうとう彼らは、ある考えを思いつきました。彼らはシーツをもってきて、大きな掲示用の布を作りました、そして墨 (暖炉で使うようなもの) で 「駅で外を見てください」 と書きました。
彼らはそれをへいの上に固定し、汽車が通りすぎるとき、ピーターがそれを指さしました。それより先、フィリスが老紳士あての手紙を持って駅に走っていました。(靴ひもがまたとけて、もう少しで彼に会えないところでしたが)。
手紙には、お母さんが重病で、自分たちは何が必要なのかが書いてあり、大きくなったらきっと返しますと約束してありました。老紳士はそれを読んで微笑し、ポケットにしまいました。それから、彼はまた 「タイムズ」 紙を読み続けました。
その晩、車掌のパークスさんが、大きなバスケットを持って彼らの家にやってきました。その中には彼らが頼んだものが全部と、さらに多くのものがはいっていました──桃、鶏2羽、ぶどう酒、赤いバラ、オーデコロンのびんなどがはいっていたのです。
老紳士からの手紙もはいっていました。それには、手助けするのは楽しいのだから、お母さんは人にものを頼んだからといって子どもたちを叱らないようにと書いてありました。
2週間のちに、また掲示の布があがりました-。
「彼女はほとんどよくなりました。ありがとう」 と。

 お母さんは、はじめはたいへん怒りましたが、子どもたちはただ手助けがしたかったのだということはわかっていました。
「おまえたちは決して、決して、決して、よその人に物をくださいと頼むのではありませんよ、決して、決して、そんなことをしてはなりません」 と、彼女は熱心に言いました。「しかし、私はその老紳士のご親切に感謝するお手紙を書かなければなりませんね」

〈ボビーの誕生日〉

 家族の者の誕生日は、家庭ではいつも特別の日でした。今は贈物を買うお金はありませんでしたが、お母さんも、ピーターも、フィリスも、ボビーの12歳の誕生日を忘れませんでした。
それは非常なおどろきでした。彼女はお茶の時間に、食堂に入ってもいいとベルが鳴るまで待っていなくてはなりませんでした。
テーブルは鉄道の地図を表す美しい花模様で飾られていました。
「ほら、このライラックの線がレールだよ」 と、ピーターが言いました。
「駅は茶色のニオイアラセイトウで作ったんだ。キングサリが汽車で、そしてこの3つの赤いヒナギクがぼくたちで、老紳士に手を振っているところさ。キングサリの汽車の中のパンジーがあの老紳士なんだ」
お母さんが特別な歌を作っておきました──
 私たちのいとしいロウバータ
 どんな悲しみにも彼女を傷つけさせません
 もし私たちがそれをふせぐことができれば
 彼女の一生の長い間
 彼女の誕生日は私たちのお祭の日です
 私たちはそれをすばらしい日にしましょう
 そして彼女に贈物をあげましょう
 そして私たちの歌をうたいましょう
フィリスはボビーのために針入れを作っておきました。お母さんはキンポウゲの形をした銀のブローチを彼女にあげました。ピーターは彼のおもちゃの機関車をいっしょに使ってもいいと言い、その炭水車にキャンディを乗せました。
ピンクの文字でボビーと書いてあるケーキの上には、12本のろうそくが立っていました、そして、ボビーは忘れな草の冠をもらいました。それから、彼らは目かくし遊びをし、お母さんが物語を読んでくれました。
「夜遅くまで起きていないでよ、お母さん」 と、ボビーが心配げに言いました。
「大丈夫よ、お父さんに手紙を書くだけだから、すぐに寝るわ」
しかし、夜がずっとふけてから、ボビーが贈物をとりにそっと歩いていくと、お母さんはテーブルのところで顔をうずめていました。ポピーは賢明にも静かに立ち去りました。「お母さんは悲しんでいるところを私に知られたくないでしょう」 と、彼女は思いました。しかし、それは誕生日を悲しく終らせることになりました。

〈囚人と捕りょ〉

 ある日、お母さんは一番近い町メイドブリッジへ出かけました。彼女は手紙を出すとき、いつもそこへ出かけるのでした。子どもたちは雨の中を、着く1時間も前に彼女の乗ってくる汽車を迎えにいき、一般待合室でゲームをしていました。
上りの汽車がはいってきました。子どもたちは、お友だちの機関士に話しかけようと歩いていきました、彼はピーターのこわれた機関車を直してくれたことがあったのです。彼らはプラットホームの上で、たくさんの人たちが、外国語を話す病気らしい人のまわりに群がっているのを見ておどろきました。
それはフランス語でも、ラテン語でも、ドイツ語でもありませんでした。
だれにもその言葉がわかりませんでした。その男の人は髪の毛が長く、興奮した目をし、ふるえていました。ピーターは彼に、確かではないフランス語でたずねました 「フランス語を話せますか」

 その男はピーターにフランス語だとわかる言葉で、どっとしゃべりました、しかし、ピーターには何を言っているのかわかりませんでした。
子どもたちはみんな、学校で、フランス語を教わっていました。彼らはフランス語をしゃべれるようになっていればよかったと、どんなに思ったことでしょう。しかし、彼らのお母さんはフランス語が話せましたし、次の汽車で着くはずでした。
ボビーは駅長さんに、その男の人をこわがらせないでくださいと頼みました。「彼の目はわなにかかったキツネみたいよ」
「おまわりさんを呼びにやるべきだと思うよ」 と、駅長さんが言いました。
ピーターはうまいことを考えつき、彼に外国の切手をいくつか見せました。彼はロシアの切手をとりあげてうなずきました。ちょうどそのとき、お母さんの乗った汽車が入ってきました。
彼女はフランス語を早口でしゃべり、その男は興奮して答えました。それから、彼女は言いました 「わかりましたよ。この男の人はロシア人で、切符をなくしてしまったのです。私はこの人を家に連れて帰ります、朝になったら、あなた方にもっと多くのことをお話ししますわ。彼はご自分の国では偉い人です。彼は本を書いています──美しい本を──私は何冊か読んだことがありますわ」
子どもたちは家にかけもどって、あかりをつけ、医者を呼びにいきました。お母さんはトランクから何着かの服をとり出しました。それはお父さんのものでした。ボビーは恐ろしくなりました。彼女はお母さんに、お父さんは死んだのかと聞きました。

 お母さんは彼女を抱きしめました。「お父さんはたいへん元気ですよ。いつかは私たちのところに帰っていらっしゃるわ。心配しないで、かわい子ちゃん」
その夜、お母さんは子どもたちに、ロシアの紳士について話してきかせました。彼は、皇帝時代のロシアの貧しい人たちについて、金持はどのようにして貧乏人を助けるべきかについて、本を書いたのでした。そのために、彼は牢に入れられ、さらにシベリアに送られて、そこでひどい扱いを受けたのでした。
「彼はどうやって逃げたの」
戦争中、囚人たちは兵隊となってそこを出ることを許されました、そして、彼は脱走しました。彼は妻子がイギリスに来ていると聞いたので、ロンドンに彼らを探しにきたのです。途中で切符をなくしてしまい、まちがった駅でおりてしまったのでした。
「お母さんは彼が家族をみつけると思う?」
「私はそう願うし、またそう祈ります」 と、お母さんは言いました。それから、しばらく間をおいて、彼女は言いました 「かわいい子どもたち、お祈りをするときには、すべての囚人や捕りょをおあわれみくださいと神さまにお願いしなさい」
「おあわれみください」 と、ボビーはゆっくりとくり返しました 「すべての囚人と捕りょを。これでいいの」
「そうよ」 お母さんが言いました 「すべての囚人と捕りょをおあわれみくださいよ」

〈汽車を救う〉

 ロシアの紳士は、まもなく庭に出てすわっていられるほど元気になりました。お母さんは、彼の家族の居場所を知っていると思われる国会議員やその他の人びとに手紙を書きました。子どもたちは彼と話すことはできませんでしたが、微笑したり、花を持っていったりして、友情を示しました。
ある日、彼らは、トンネルの入口のそばの崖に生えている野生のサクランボを彼にとってきてあげようと考えました。彼らは切り通しのてっぺんに着くと、線路を見下ろしました。

 そこは、やぶや木が切り通しに張り出していて、まるで峡谷のようでした。はしごのようなせまい木の階段をおりるとそこが線路で、階段のてっぺんには開き戸がありました。彼らが開き戸に着くばかりになったとき、ボビーが叫びました 「静かに、じっとして。あれは何かしら」
「あれ」 とは、サラサラとささやくような音でした。その音はいったん止んで、また聞こえました、こんどはゴロゴロという大きな音になりました。
「あそこの木を見てこらん」 と、ピーターが叫びました。

 灰色の葉と白い花をつけた木が、動き、ふるえ、斜面をすべりおりてくるように見えました。さらに、すべての木が線路めがけてすべり落ちてくるように見えました。
「あれは何かしら、私気味が悪いわ」 フィリスが叫びました。「お家に帰りましようよ」
「みんな落ちてくるよ」 と、ピーターが言いました。彼がそう言ったとき、そのてっぺんに木が生えている大きな岩が、ゆっくりと前にかしげました。
動いている木がじっと止まり、ふるえました。それから岩も、草も、木もかん木も、切り通しの表面をすべり落ち、半マイル離れたところでも悶えるような音をたてて、線路の上に落ちました。土けむりがあがりました。
「下りの線路をふさいでしまったわ」 と、フィリスが言いました。
「11時29分の汽車が来るはずだ」 と、ピーターが言いました。「駅の人たちに知らせなくっちゃならないよ、でないと恐ろしい事故が起るぞ」
「時間がないわ」 と、ボビーが言いました。「私たちに何ができるかしら。赤い旗をふりましょうよ」
少女たちは赤いフランネルのペチコートを着ていました。彼女らは急いでそれを脱いで、引き裂きました、そして旗を6つ作りました。ピーターは若木で旗竿を作り、旗竿を通す穴を開けました。それで、彼らは1人ずつ2つの旗を持って準備し、 汽車が来るのを待ちました。

 ボビーは、だれもこんなつまらない小さな旗には気がつかないだろう、そして、みんな死んでしまうだろうと考えました。やがて、遠くの方にガタンガタンという音が聞こえ、レールの鳴る音がし、白い煙もかすかに見えてきました。
「しっかり立って」 ピーターが言いました。「気ちがいのように振るんだ!」
「そんなの役に立たないわ、彼らには私たちが見えないでしょう!」 と、ボビーが言いました。
汽車はますます近づきました、ボビーはかけ出しました。
「線路からはなれろ!」 と、ピーターが大きな声で言いました。
「まだ! まだ!」 と、ボビーは叫び、線路の上で旗を振りました。機関車の先端が黒く巨大なものに見えました。その音は大きく不気味でした。
「ああ、止まって、止まって、止まって!」 と、ボビーは叫びました。機関車に彼女の声が聞こえたにちがいありません、それはすばやく速度をゆるめ、ぴたっと止まりました。ピーターが機関士のところへ走りよったとき、ボビーはまだ旗を振っていました。それから彼女は線路の上に倒れました。
「かわいそうに、気絶している」 と、機関士は言いました 「無理もない!」
彼らは彼女を汽車に乗せて駅に連れもどりました、彼女は徐々に意識をとりもどし、泣き出しました。
駅で、子どもたちは喝采をもって迎えられ、英雄のようにたたえられて、耳を真赤にして、はずかしがりました。
「お家へ帰りましょう」 と、ボビーは言いました、もし汽車が止まらなかったら、人びとはどうなっただろうかと考えながら。
「あの人たちを救ったのはぼくたちだよ!」 と、ピーターが言いました。
「私たちはまだサクランボをとっていないわね」 と、ボビーは言いました。
他の子どもたちは、彼女のことを少し冷淡だと思いました。

〈勇気に対して〉

この本の中には、ロウバータについて多くのことが出てきます。それは彼女には、私が愛するさまざまないいところがあるからです。
彼女は他の人びとを幸福にしたいと切望していました。また、彼女は秘密を守ることができました。自分がどんなにお母さんの不幸のたねについて気づかっているかを、お母さんに気づかせるようなことは決して言いませんでした。それはあなたが思うほどたやすいことではありません。

 ロウバータのもうひとついいところは、他の人たちを助けようとするところでした。彼女はロシアの紳士が妻子をみつけるのを助けたいと思いました。そこで彼女は老紳士にきいてみようと決心しました。ある日、その機会がやってきました。
鉄道は、汽車を救ってくれた勇敢な行為に対して、子どもたちに3つの金時計を贈ることに決めました。駅でちょっとした儀式がありました。例の老紳士も列席していました、ピーターは慎み深いスピーチをしました。
「ぼくたちがやったことは、別にたいしたことではありません──おそろしくスリルはありましたけど。どうもありがとうございました」

 ボビーは老紳士に、内密にお話がしたいとお願いしました。そこで、彼らはいっしょに話をし、ロシアの紳士、シェパンスキー氏のことをボビーは説明しました。老紳士は彼の名前を聞いたことがあり、その著書も読んだことがありました。
「りっぱな本だよ! じゃあ、お母さんは彼を引き取ったのか。彼女はとても良い人にちがいない」 と、彼は言いました。
それから彼は子どもたちに名前を聞き、いろいろな質問をしました。ちょうどそのとき、フィリスが入ってきました (たいへん注意しながら、なぜなら彼女の靴ひもがまたほどけそうだったので)。彼女は、パークスがくれたブリキの缶とバタ付きの厚いパンを1枚持ってきました。
「午後のお茶よ」 と、彼女は誇らし気に言いました。
10日後に、老紳士は野原を通って彼らの家にやってきました。
「いい知らせだよ」 と、彼は言いました。「あなたたちのところにいるロシア人の奥さんとこどもをみつけたよ。私は彼にそれを知らせにきたんだ」
ボビーはまっ先にそのニュースを知らせようとかけ出しました。お母さんは顔色を明るくして、早口でフランス語で数語話しかけました。ロシア人は愛と希望の叫びをあげながらとび上がり、お母さんの手にありがとうとキスしました。それから、彼は椅子に身を沈め、手で顔をおおってすすり泣きました。

 ボビーは、そっとそこから出ました。彼女はそのときは、他のだれにも会いたくありませんでした。彼女がもどってくると、老紳士は3人の子どもたちみんなにチョコレートの大箱を1つずつくれました。
老紳士はフランス語と英語をほとんど同時に話せるようでした、お母さんも同じでした。ロシア人の持っているわずかばかりのものが荷造され、彼らは駅で彼を見送りました。
彼らが帰宅したとき、お母さんはとても疲れた様子でした。フィリスはロシア人の赤ちゃんのことについて、彼がこの前会ったときからは、ずっと大きくなっているに違いないなどとしゃべっていました。

 「私が大きくなったとお父さんも思うかしら!」 と、フィリスはとんだりはねたりしながら言いました。
ボビーは言いました 「さあ、フィリス、門までかけっこしましょう!」
ボビーがなぜそうしたか、あなたにはわかりますね。お母さんは、ボビーがゆっくり歩くのにあきたのだと思っただけでした。あなた方をだれより愛しているお母さんたちだって、いつも何でもわかっているわけではありません。

〈恐ろしい秘密〉

ある日、お母さんが書きものをしていると、ボビーがお茶を運んできました。お母さんは言いました 「ボビー、おまえたちはお父さんのことを忘れているんじゃないでしょうね。お父さんのことをさっぱり話さないじゃないの」
「いいえ、お母さん、私たちだけのときは話しているのよ。私たちはただ、お父さんのことを話すとお母さんを悲しませることになるだろうと思っているだけなの」
「そんなことないわよ、かわいいボビー」 と、お母さんは腕をボビーの体にまわしながら言いました。「あなたに話しましよう、お父さんと私はたいへん悲しい思いをしているのよ──あなたが考えられないくらいの──しかし、もしあなたがお父さんのことを忘れるようなことがあれば、もっと悲しいのよ!」
「私は質問をしないと約束したわ」 ボビーは、かぼそい声で言いました
「でも、その悲しみはいつまでも続くの?」

 「いいえ!」 と、お母さんは言いました。「お父さんが家にもどっていらっしゃるときには、最悪のことは終っていることでしょう。さあ、私は仕事にもどらなくては」 最後に彼女はボビーを抱きしめました。「他の子どもたちには何も言わないでね」
翌日、子どもたちは庭仕事をしていました、そして、ピーターがくま手の上にころんで足に怪我をしました。それは偶然の事故でしたが、ボビーは少しは自分も責任があると思いました。それで、ピーターが部屋にとじこもっていなければならなかったとき、彼女はパークスさんのところへ行って、乗客が汽車の中においていった雑誌をくださいと頼みました。パークスさんは持ちやすいようにそれを古新聞に包んでくれました。
彼女は踏切で汽車の通過を待たなければなりませんでした、そこで彼女はその包みを踏切の柱の上において、新聞の印刷に目をやりました。

 突然、彼女は包みをしっかりとにぎりしめました──恐ろしい夢をみているようでした。彼女は読み続けました、しかし記事の終りの部分は破れてなくなっていました。彼女は自分がどうやって家に帰ったのか記憶がありませんでした。彼女は自分の部屋に入り、ドアに鍵をかけました。それから彼女は包みをほどき、記事を読み返しました。顔はもえるようでしたが、手は氷のように冷たく感じられました。
「やっとわかったわ」と、彼女は言いました。
彼女が読んだ記事の見出しは 「裁判終結、判決」 となっていました。裁判にかけられていたのは彼女のお父さんでした。陪審員の評決は 「有罪」でした。判決は 「懲役5年」 でした。
「おお.パパ!」 と、彼女はささやきました。「そんなのうそよ。私信じないわ。パパは決してそんなことをしていない、決して、決して、決して!」
ドアを強くたたく音がしました。「私よ」 と、フィリスが言いました。
「お茶の用意ができたわ。おりていらっしゃい!」
ボビーは頭が痛いふりをして、お茶の時間を何とかすごしました。お茶が終ると、2階のお母さんの部屋に行きました。
彼女は何をいったらよいのかわかりませんでした。まず最初は、お母さんの名前を何回も何回も悲痛な声で叫びました。お母さんは彼女を引き寄せて待ちました。やがて、ボビーは新聞をとり出して、お父さんの名前を指で示しました。

 「おお、ボビー!」 と、お母さんは叫びました。「パパがしたとは信じていないでしょうね」
「信じてないわ!」 と、ボビーはほとんど叫ぶように言いました。
「それでいいのよ。それはほんとうじゃありません。お父さんは投獄されているけど、悪いことは何もしていないわ」
「なぜ私に言ってくださらなかったの」
「おまえはほかの子どもたちに話すつもりなの」
「いいえ!」
「なぜ」
「なぜなら……」 ボビーは言いはじめましたが、口ごもってしまいました。
「そのとおりよ」 と、お母さんが言いました。「だから、なぜ私があなたに言わなかったかわかるでしょ。私たち2人は勇気を持てるよう、お互いに助け合って行かなければならないのよ」
それからお母さんは、あの夜お父さんを訪ねてきた人たちは、国家の秘密をロシア人に渡したかどでお父さんを逮捕したのだと、ボビーに話してくれました。それをほんとうだと思わせるような手紙類がお父さんの机の中から発見されたのでした。しかし、お父さんの事務所には、彼をねたみ、その地位をほしがっている部下がいたのです。お父さんはその男が事務所に手紙類をしのばせたのだと思いましたが、それを証明することはできませんでした。
「だれかにそのことをすっかり説明できないものかしら」
「だれも聞こうとしないのよ、やってみたけれど」 と、お母さんが言いました。「私たちにできることはただ、勇気をもって耐え忍び、お祈りをすることだけなのよ、かわいいボビー」
1週間後、ボビーはあの老紳士に手紙を書いて、彼にすべてを打ち明け、新聞の切り抜きを同封しました。
「それが“あなたの”パパだったら、どんな気持になるでしょうか。どうか、どうか、私を助けてください。愛をこめて、いつまでもあなたを大好きな小さな友だち、ロウバータより」

〈赤いジャージーのりょう犬〉

 その翌日、グラマースクール (高等学校) の少年たちが紙まき鬼ごっこをやっていて、子どもたちはそれが見たくなりました。彼らはよく見物できるように、トンネルのそばの切り通しのてっぺんに登ることに決めました。
「ウサギ」 になった少年がやってきたとき、人夫たちは、まだ線路から地すべりした土砂を取り除いていました。彼は黒い髪の大きい少年で、通ったしるしをつけるための紙切れを入れたショルダーバッグを持っていました。彼は走ってトンネルの入口から中へ入っていきました。
やがて 「りょう犬」 になった少年が、紙切れのあとをたどって、木の階段をおりてトンネルへ入ってきました。最後のりょう犬は赤いジャージーを着ていました。
子どもたちは、彼らがトンネルの向う側から出てくるのを見ようと、移動しました。「ウサギ」 が息を切らせてトンネルから出てくるまで、長いことかかったように思われました、そして彼のあとから 「りょう犬」 が、みんなノロノロと疲れたようすで、2人また3人と出てきました。
「もう1人出てくるはずだよ」 と、ピーターが人数を数えて言いました。
「赤いジャージーを着た子が」
彼らは待ちましたが、その子は出てきませんでした。
「もし彼が事故にあったと考えてごらんよ! 彼は機関車の通り道に、体の自由もきかないで横たわっているのかもしれないよ」 と、ピーターは芝居がかって言いました。
「本のようなこと言わないで!」 と、ボビーは言いました。
彼らはトンネルの中に入っていきました。あなた方でも、光り輝くレールから壁の方へ、下にカーブをえがいている通路の上を、とび石や砂利をふんで歩いていかなければならなかったでしょう。泥水のしずくが気持の悪い緑色になったれんがからしたたっていました。彼らの声はこもってひびき、トンネルはだんだん暗くなりました。ピーターはたまたまポケットにはいっていたろうそくに火をともしました。

 やがて、軌道のそばにある電線が鳴るのが聞こえました。
「汽車だよ!」
「どっちの線かしら」
「帰らせてよ!」 と、フィリスがおびえて言いました。
「ビクビクしないで! まったく安全なんだから」 と、ボビーが言いました。
ピーターは彼女たちを、壁の中の湿めっぽい暗い待避所に押しこみました。
汽車がうなりをあげて、彼らの方へ進んできました、その竜のような眼は刻一刻と明るくなりました。
そして今、こうこうとうなりをあげ、あかりをつけた客車のまどから、長くまぶしい光を発し、煙のにおいと、あつい水蒸気を吐き出しながら、汽車が音を立てて通りすぎました、アーチ形の屋根にガランガラン、ジャランジャランと反響がひびきました。
「おお!」 と、子どもたちはいっせいに小さな声で言いました。
「もしも赤いジャージーの男の子が汽車の通るところにいたら」 と、フィリスが言いました。
「行ってしらべてみなければ」 と、ピーターが言いました。
150ヤードほど進むと、ほのかに赤い色が見えました。線路のそばに、赤いジャージーの男の子がいました、壁に背中をもたせかけ、腕を力なくさげて、目をつぶっていました。
「あの赤は血かしら。死んでいるの」 と、フィリスはキーキー声で言いました。
「いや、気絶しているだけだよ」 と、ピーターが言いました。
「私たちにいったい何ができるの」
ピーターは少年の手をこすりました。フィリスは彼のひたいに水筒の牛乳をそそぎかけました。
ボビーは言いました 「おお、顔をあげて私に話しかけてよ。お願いだから口をきいてよ」 (それは、だれかが気絶したとき、いつも本の中に出てくるせりふでした)。

〈ボビーが家に持ち帰ったもの〉

 ついにその少年は深く息をつき、目を開けて、たいへん小さい声で言いました 「やめる!」と。
「これを飲んで!」
「何だい」
「ただの牛乳だよ。こわがることはないさ、君は友だちのなかにいるんだ」
と、ピーターが言いました。
「足が折れたと思うんだ」 と、その少年はうめきながら言いました。「ぼくはこの電線につまずいたんだ。君たちはどうやってここにきたの」
「ぼくたちは君がトンネルから出てこないのに気づいたんだ、それで、君をさがしにやってきたのさ。ぼくたちは救助隊だぞ」 ピーターは誇らしげに言いました。
「君たちは勇気があるね!」 と、少年は言って、また目を閉じました。
ピーターとフィリスは助けを求めに、トンネルの近くの信号所に向かいました。ボビーは暗やみの中で 「りょう犬」 といっしょにいることをえらびました。長い時間のように思われましたが、彼らは手をとってはげまし合いました。ボビーは彼のはれあがった足を楽にするために、靴のひもをどうにかして切ってあげました。やがて、近くの農場から男たちがたんかを持ってやってきて 「りょう犬」 を 「3本煙突」 へ運びました。
お母さんは、彼らが犬を連れ帰ったのだと思いました──「りょう犬」 が少年のことだとわかるまでは。

 「あの子を、よくなるまで家においてあげてよ」 と、ピーターが頼みました。「話相手によその男の子がいるなんてすてきだよ!」
「しらべてみましよう」 と、お母さんは言いました。「ジム (それがりょう犬の名前でした)にはお母さんがいなくて、おじいさんと住んでいることがわかりました。彼の学校は休暇中でした。そこでお母さんは預かってもいいと考えました。
あなた方には、ジムのおじいさんがだれなのか、決してわからないでしょう。

 そうです。それはあの老紳士だったのです。
彼は、お母さんがしてくれたことを知ったとき、彼女にはジムを預かる経済的な余裕がないこともわかりました、そこで彼はお母さんを 「3本煙突病院の看護婦長」 に任命して、適当な給料を払うことにしました。彼はたくさんの食べものと、仕事を手伝わせるために自分の召使を2人よこしました。
ジムとピーターは大の仲良しになりました。しかしピーターは、トンネルの中でロウバータがどんなに親切にしてくれたかということを、彼女が男の子に劣らず勇敢だったことを忘れませんでした。
ジムのおじいさんは訪ねてきたとき、ロウバータが出した手紙のことで彼女に話しかけました。

 「私は君のお父さんの事件を新聞で読んだとき、おかしいなと思ったんだ」
と、彼は言いました。「君たちがだれなのか知ってから、私は真相を見いだそうと努めてきたんだよ。そして望みがあるんだ。もう少しの間、私たちの秘密にしておこう。はっきりしない情報で、お母さんの心を乱したくないですからね」
それがまやかしの希望であろうとなかろうと、それは日本のちょうちんのろうそくのようにボビーの小さな顔を明るくしました。
ジムはピーターにチェスとドミノを教えました、そして足もどんどん快方に向かいました。「3本煙突」 における生活は快適で、静かでしたが、かなり退屈でもありました。彼らはもう、ほとんど 「鉄道の子どもたち」 のようには見えませんでした、大部分の時間を家の中ですごしていたからです。しかし、彼らはまだ9時15分の汽車には手を振って、彼らの愛をお父さんに送りました。
「何かすばらしいことが起ればいいのに」 と、ボビーが夢みるように言いました。
そして、4日後、すばらしいことがほんとうに起ったのです。(おとぎ話によると、そういうことは3日後に起ることになっています、でも、これはおとぎ話ではありませんから)。
家の中のことを何もかもやってくれる召使が来てくれたので、あの朝、やかんをかけっ放しにして底をこがしてしまったことが、ずいぶん昔のように思われました。今は9月でした、斜面の芝生は枯れ、カサカサになっていました。

 「急ごう!」 と、ピーターが言いました。「9時15分に間に合わないぞ」 フィリスは走っているうちに靴ひもをふんでしまい、草の上をずるずるすべりましたが、みんなハンカチを振って 「私たちの愛をお父さんへ!」 と、叫びました。
老紳士は彼の客車の窓から手を振ってくれました。彼はいつも手を振ってくれるのでした。しかし、今日はだれもがどの窓からも振ってくれたのです──ハンカチや、新聞紙や手を。
「へえ一!」 と、ピーターが言いました。
「あら!」 と、ロウバータが言いました。
「まあ!」 と、フィリスが言いました。
子どもたちには、汽車が生きているように思えました。

 「老紳士は新聞紙を振って私たちに何かを説明しようとしていたんだと思うわ」 と、ボビーは言いました。
「何を説明するの」 と、ピーターがたずねました。
「わからないわ、でも、私はとても楽しい気分なの、まるで何かが起ろうとしているみたい」
その朝おそくなっても、ボビーは楽しい気分でした。彼女は駅まで散歩にいくことにしました。
駅へ行く途中、村の人が何人か彼女にあいさつしました。郵便局から出てきた老婦人は彼女にキスをし、抱きしめて言いました 「神の祝福があなたの上にありますように、かわいい子ちゃん!」
かじやさんが言いました 「おはよう、お嬢さん。幸せを祈るよ」
駅長さんは彼女の手を暖かくにぎりしめて言いました 「11時54分の汽車は少し遅れているよ」
駅の猫までものどをゴロゴロ鳴らして、ボビーの靴下に体をこすりつけました。
ボビーは、今日は、なぜだれもがそんなに親切なんだろうと思いました。
ついにパークスさんが新聞を持って出てきて、言いました 「1部は私も持っていなくては、お嬢さん、こんな日にはね」 そして、彼女の頬にキスしました。
「どんな日なの」 と、ボビーはたずねましたが、彼が答えないうちに、11時54分の汽車が駅に入ってきました。

  もちろん、読者のみなさんには何が起ろうとしていたのかわかりますね、しかし、ボビーはそんなに利口ではありませんでした。彼女は自分が何を待ちのぞんでいるのかわからないなりに、混乱し、期待に胸をふくらませているのを強く感じていました。
11時54分の汽車から下りたのはたった3人でした。生きたヒヨコを入れたかごを持った農夫の妻。茶色の紙包みをいくつか持った婦人。そして3人目は──
「おお、私のパパ、私のパパ!」 その叫びは汽車に乗っているだれの胸にもナイフのようにつきささりました、人びとは頭を突き出して、背の高い、やせた、青白い顔色の男の人と、体じゅうで彼にかじりついているかわいい女の子を見ました、男の人も女の子をしっかりと抱いていました。
歩きながら、お父さんは言いました 「ボビー、ひとりで入っていって、お母さんにもう大丈夫だって、気をつけて静かに言いなさい。実際にやった男がつかまったのだよ。今はみんなが、犯人がおまえのお父さんではなかったとわかったんだ」
「私はいつだって、お父さんじゃないとわかっていたわ」と、ポピーは言いました。「私も、お母さんも、そして私たちのあの老紳士も」
ボビーは家に入って、お母さんに、悲しみも苦闘も別れ別れの生活も終ったことと、お父さんが帰ってきたことを話しにいきました。
お父さんは庭に入ってきて、長い間見たことがなかった花を久しぶりに眺めながら待ちました。

 やがてドアが開いて、ボビーが叫びました 「入ってきて、パパ! 入ってきて!」
ドアはしまりました。彼らの後についていかないことにしようと私は思います。私たちは、すぐにそっと立ち去るのが一番いいでしょう。そして畑の端から、草や野の花の間に立って、白い家をちらっと眺めて終りにしましょう、そこでは、私たちも、ほかのどんな人も、今は必要ないのです。


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