レディバードブックス100点セット
 

 

誘拐されて

 私の苦難は、私が手をあげてショーズ家の屋敷の、鉄の鋲を打ったドアをノックした瞬間から始まりました。私、ディビッド・バルファは、6月の暖かいある晩に、そこに立ったのです。私は17歳でした。私はポケットに数シリングのお金を持っていました。私の両親は亡くなっていたのです。
私は叔父にあたるショーズ家のエベネーザ・バルファへの紹介状も持っていました。彼は私のたった1人の親戚で、金持でした。
音がしたので私は見上げました……すると、ラッパ銃の銃口が私に向いていました。開いた窓から声がして 「そこにいるのはだれだ」。叔父さんが私をショーズ家の屋敷へと歓迎してくれたのでした。

 エベネーザ叔父さんは、しぶしぶ私に食事と寝る場所を提供してくれました。その家は兵舎のような陰気な建物で、一部は未完成でした。完成しているところも、しめっぽく、くずれかかっていました。私はショーズ家の地主なのだから、豪勢な暮しをしているものと思っていました。しかし、叔父さんは一人暮しで、けちんぼうで、その地方のまわりの人たちからひどく嫌われていたのです。

 私が着いたその晩は、嵐になりました。私たちが台所のかぼそい火のそばにすわっていたとき、エベネーザ叔父さんは私に鍵を渡しました。
「塔のてっぺんの部屋から、箱を持ってきてくれんか」 と、彼は言いました。
塔の入口は家の外にありました、私は稲妻が光るなかを、手さぐりで進みました。てっぺんまで半分くらいのところまで登ったとき、さらに強い稲妻が光って、塔の中が照らし出されました……私はできあがっている階段の最後の一段のはしに立っていたのです。私の下には、暗い割れ目が大きく口を開けていました。一瞬でも遅かったら、私は落ちて死んでいたことでしょう。
恐怖と怒りでいっぱいになって、私は台所にもどりました。エベネーザ叔父さんは、私が入っていくと、びっくりぎょうてんして、私をみつめました。それから、気絶して床に倒れてしまいました。彼は私を殺そうとしたのでしょうか。
次の日の朝、叔父さんは、私のあやうくまぬがれた災難をまるで冗談のように扱いました。クイーンズフェリィの町の近くに用事があるのだと彼は言い、私にいっしょに来ないかと言いました。用事というのは、彼の弁護士のランキーラーさんと、帆船カベナント号のホージアスン船長に会うことでした。
私たちはある宿屋で船長に会い、私は船のボーイと話をしはじめました。彼はカベナント号が、有罪とされた犯罪人やその他の行きたがっていない乗客を、アメリカの植民地で奴隷にするために定期的に運んでいるのだと言いました。

 船長が、いかりをおろしている彼の船に私を招待してくれたとき、私は行きたくてたまりませんでした。叔父さんと私は船に向かうボートに乗りました。私がまず船にあがりました。振り返ると、ちょうど、叔父さんが岸に向かってもどるところが目に入りました。そのとき、私は頭をひどくなぐられ、気を失って甲板の上に倒れてしまいました。
目を覚すと、私は囚われの身となって船底にいました。そして、何日間もそこに閉じこめられたままでした、その間に、船はまず北に進み、次にオークニー島とシェランド島の間を西へと進みました。そのうち、私は甲板の上にあがるのを許されました、見ると、風が逆風になって、船はどんどん南へ押し流されていました。

 さらに悪いことには、霧が深くなりました。水夫たちが霧のなかを目をこらして見ていたのに、叫び声があがり、ガシャンという音がしました。
カベナント号は他の船と衝突したのです。それは漁船で、すぐに見えなくなりました、しかし、その前に、1人の男がとびあがって第一部斜しょう(やりだし) につかまり、無事に船上に下りたちました。
そのようなわけで、私はアラン・ブレック・スチュワートに会うことになったのです。彼は小柄でしたが、羽根飾りのついた帽子をかぶり、銀のボタンのついた青い服をき、腰には剣をつるして、いっぱしのしゃれ男でした。

 私は後甲板室、すなわち、高級船員たちの居室と武器庫の兼用となっている船の中央部の船室で働かされていました。アランも後甲板室に配置されました、そして私はすぐ彼のことをよく知るようになりました。私たちには共通点がありました、2人とも好きでこの船に乗ったのではないということです。仲良くなるにつれて、私は彼がジャコバイト党員だということを知りました。1746年にチャーリー王子が王位につきそこなったとき、彼の味方をした人たちは逃亡し、その多くは外国に逃げたのです。アラン・ブレック・スチュワートもその1人でした。しかし、彼の追放された一族の領主、アードシールのためにお金を集める目的で、彼はここ5年の間に、ひそかに何回もスコットランドにもどってきていたのです。彼の漁船がカペナント号と衝突したとき、彼はその仕事を完了するところでした。集めたお金はひと財産になる金貨でしたが、彼は腰にまきつけた胴巻の中に入れていました。

 しかし、船長と乗組員たちは、胴巻の金貸のことを知って、それを奪おうしました。私たちは後部甲板室にバリケードをきずきました。私はあるだけのピストルに弾丸をこめ、アランは剣を抜いて、ドアのそばに立ちました。待つ間もありませんでした。船長を先頭にして、乗組員たちが後甲板室になだれこんできました。戦いは敏速で激しいものでした。二度も私たちは攻撃をはね返しました、私が窓から撃ったピストルも少しは役に立ちましたが、おもにアランのすばらしい剣さばきのおかげでした。
「おれはかなりの使い手だろう」 と、彼は勝ち誇って叫びました。それから、私が勝利に貢献した分のほうびとして、彼は上着から銀のボタンをとって、私にくれました。

 乗組員の大部分が死んだり、負傷したりしたので、船長は休戦を申し入れました。アランは、彼の一族の土地、アッピンに近いリンネ入江に自分を上陸させることを承知させました。しかし手不足になっていたので、船を操縦することは困難でした。真夜中に、船はマル島の沖合の暗礁にのりあげてしまいました。暗礁にしっかりとのりあげて、船は大波を前にして、動きがとれなくなりました。一瞬のうちに、私は船上から投げ出されました。丸太にしがみつき、潮流にのって、私は小さな何も生えていない島へと運ばれました。

 4日の間、私は疲れ果て、寒さと空腹にまいってしまった状態で、島の中をさまよい歩きました。私はなまの貝を食べ、狭い海峡のすぐ向うに大きな島があるのにそこへ渡ることもできず、しゃくにさわって泣きました。
さらに悪いことに、低い丘に立っている煙突から、煙が立ちのぼるのが見えました。しばらくして、漁船に乗った人たちが、大声で私に呼びかけ、海峡を指さしました。それで私は、潮が一番引いたときには、2つの島の間の海峡にほとんど水がなくなるのだと悟りました。すぐに私は海峡を歩いて渡りました。水は膝のちょっと上までしかありませんでした。夕方までに、私は煙突の煙が見えた家に着いていました。
その家は低く、石造りで、屋根は芝でふいてありました。老人が戸口にすわって、パイプをふかしていました。彼は難破船カペナント号の乗組員の生き残りが、もうそこを通ったと教えてくれました。それで、私はアランの銀のボタンを彼に見せました。「おお」 と、彼は言いました 「わしはボタンを持った若者への伝言を頼まれているよ。トロセイを通って、アッピンの友人に合流するようにとのことだよ」

 食事をし、一夜休んだ後、私はその老夫妻に別れを告げました。4日歩いて、私はマル島を横断してトロセイに着きました、そこから渡し船で本土のロハリーンへ渡りました。渡し船の船長は、ニール・ロイ・マクローブという名前でした。アランが、マクローブはアッピン・スチユワートの親類だと教えてくれていたので、私はまた彼にボタンを見せました。すると、また私に伝言がありました。それはアードゴアのクレイモア家のジョンという人の家に行き、そこから、アッピン地方のオーハーンというところにあるグレン家のジェイムズの家をさがせということでした。私が渡しをおりるとき、ニール・ロイ・マクローブは “赤い軍服の兵隊たち” という偵察兵にみつからないようにしろと注意してくれました。
ロハリーンの宿屋はみすぼらしいものでした。夜じゅう雨が降って、床の上、くるぶしのあたりまで浸水しました。朝早く出発できるのはたいへんうれしいことでした。

 私はたいして進まないうちに、がっしりした小柄な男に追いつきました。
その男はたいへんまじめそうで、歩きながら本を読んでおり、牧師のような様子でした。彼は気持のいい (そして役に立つ) 道連れでした。彼は私と同じ低地人で、巡回伝道師でした。名前をヘンダーランドといいました。
彼はジャコバイト党員が負けた後に高地をおそった災難について語りました。彼は“赤い狐” について話し、ここで私は耳をそば立てました。船の上で、アランはよくその名前をいつも怒って口にしていました。彼はその名前を持つ男を殺してやると誓ってさえいました。私はそれがどんな男なのかとヘンダーランドさんにたずねました。
赤い狐は、グレニュア家のコリン・キャンベルのあだ名だと、ヘンダーランドさんは説明しました。彼は、死んだり、追放されたりしたジャコバイト党員の土地を治めるためにつかわされた王の代官の1人でした。アッピンの人はだれでも、彼を憎み、彼の死を待ち望んでいるということでした。
私はその夜をヘンダーランドさんのお客として過しました。

 次の日の朝、彼は、私が漁船でリンネ入江を横断できるように手はずを整えてくれました。向う岸へ近づいたとき、“赤い軍服の兵隊たち” が、1列縦隊になって入江の岸をアッピンへと行進していくのが見えました。漁師は私をレターモアの森が水辺近くまで来ているところに上陸させました。木が、険しい山腹にしがみつくように生えており、狭い曲がりくねった道がついていました。私が道ばたの泉のそばにすわって、ヘンダーランドさんが道中のためにくれたからす麦のパンを食べていると、人と馬の足音が聞こえてきました。

 4人の男が、馬を引きながらやってきました。1人は明らかに高地人の召使で、馬の背に旅行用かばんとレモンの袋をつけていました。彼の前には、黒い服と白いかつらで弁護士とわかる男が歩いていました、しんがりは政府の役人の服装をした男でした。
しかし、とりわけ私の注意をひいたのは、一行のリーダーでした。彼はぶっきらぼうな赤毛の男で、見るからにごうまんな顔をしており、真昼間の暑さのなかで、帽子であおいで涼をとっていました。

 私は立ちあがってオーハーンへの道をたずねました。
「オーハーンでだれをさがすのだ」 と、赤毛の男は聞き返しました。
「グレン家のジェイムズさんです」 と、私は答えました。
これを聞くと、旅人たちは私をじっとみつめて、仲間で相談しました。
弁護士がその大きな男の名前を呼んだので、私はグレニュア家のコリン・キャンベル、すなわち“赤い狐”と向き会っているのだとわかりました。
彼がまた私の方を向いて、2、3語話すか話さないうちに、銃声が木々の間にこだまし、彼は道ばたに倒れて死んでしまいました。

 私はそこを逃れて、山腹をはい登りました。森の中の空地に、黒い服をき、長い銃を持った背の高い男がちらっと見えました。
「人殺しだ。みつけたぞ」 と、私は叫びました。
私は道の方をふり返りました。赤い軍服の兵隊たちが現れ、マスケット銃を手にしてもう木々の間を私の方へ登ってきていました。私は彼らに急げと手をふりました、しかし、そうしているうちに、弁護士が 「あの若者をつかまえた者に10ポンドやるぞ。あいつは共犯だ、わしたちに話しかけて足どめさせようとここにいたんだ」 と、叫ぶのが聞こえました。
私はそこに根が生えたように立っていました。すると 「急げ。この木立の間にかくれろ」 という声がしました。私がもぐりこんでかくれたときに、弾丸がすでに枝の間をヒューヒューと飛びかっていました。そして、私はアラン・ブレック・スチュワートと向かいあっていたのです。

 「来い」 と彼は言い、私は山腹をかけ足で彼を追いかけました。樺の木の茂みの中をかけ抜けたり、何も生えていない山腹を進んだりしました。私たちはかくれるために体をかがめたり、ヒースの茂みの中を四つんばいになってすばやく進んだりしました。そして、アランはときどき立ちあがって自分の姿を兵隊たちに見せました、それで彼らは叫び声をあげ、いっそう足を速めて追いかけてきました。私はもうそれ以上一歩も進めないような気になりました、しかし、アランに肩をピシャリとたたかれ、山腹のさっきのところより少し上あたりへ引き返すまで、私は彼のうしろについていきました。こんどは彼も、兵隊たちに姿を見せませんでした。
とうとう私たちは、先ほど逃げ出したのとほとんど同じ場所にもどりました。私は死人のようにのびてしまいました。しかし、兵隊たちは、もう反対側のはるか遠くの方を探していました。
私は、アランが暗殺者だと思って悩んでいました。しかし、アランは赤い狐を撃ち殺したのは別の男で、私たちの努力はその男を赤い軍服を着た兵隊たちから逃すためだったと言いました。

 夜になると、私たちはグレン家のジェイムズの家があるオーハーンに向かって出発しました。私たちがそこに着いたのは、10時半ごろでした。どのドアからも、どの窓からも、光がもれていました。そしてたいまつの光のなかで、人びとがかくしてある武器を草ぶきの屋根の下からとり出して、それらを新しい場所にかくすために暗がりのなかへ運び入れているのが見えました。領主のアードシールがいないので、今はアッピンのスチュワート家の当主であるジェイムズは、赤い狐を殺した男を捜索する一隊を組織するようにと要請されていました。アランと私はすでに嫌疑をかけられていて、もうすぐ私たちをさがせという触れ書きが出るだろうとのことでした。高地では武器を持つことが禁じられていました、そして、おたずね者の捜査にともなって、もっとたくさんの武器も発見されるかもしれなかったのです。ジェイムズはすはやく、着替えと私が使う剣と、食べものとお金を少し、私たちにくれました。
やがて、私たちは夜のやみのなかへと逃れ出ました、非合法な武器の処理に追われているジェイムズと部下たちをそのままにして。

 私たちは東へと進んでいきました。その地方は荒れ果てていて、人はほとんど住んでいませんでした。アランは何度か横道へそれて、ぽつんぽつんと建っている家々に例の殺人のニュースを知らせました。ところが、あまり急いでいたので、彼は道をまちがえてしまいました。かくれ場所に無事に着くはずなのに、朝になってみると、私たちは広い岩だらけの谷の底を歩いていたのです。高い山が四方にそびえていました。私たちはグレンコーと呼ばれる荒野の中にいたのでした。その土地には、人は1人もいませんでしたが、アランはどんどん進みました。やっとのことで、私たちは泡立っている岩だらけの川を渡りました。
日光が谷間いっぱいにさしてきたころ、私たちは、2つの巨大な岩のてっぺんがお互いによりかかっているところにある、浅いくぼみを当座のかくれ場所にすることにしました。地面から20フィートほど高いので、谷の底にいる赤い軍服の兵隊たちにみつかる心配はありませんでした。私たちはまわりの山に見張りが置かれないようにと祈りました。

 長い、ギラギラ照りつける夏の日、1日じゅう私たちは焼けつくような砦の上に横になっていました。日がのぼって少したつころ、兵隊たちがやってきました。彼らは半マイルほど離れたところに野営地を作り、歩哨が、平地や、私たちのいる岩とほとんど同じくらいの高さの岩の上に立ちました。谷間をはるかさかのぼったところでは、騎兵がヒースの茂みの中を行ったり来たりしていました。私たちは水がなく、のどのかわきに苦しみました。あるときには、歩哨がすぐ下に立ったので、私たちはほとんど息をつくこともできないほどでした。
とうとう、日が暮れはじめました。アランは岩をおりても大丈夫だろうと判断し、長く引いた影と散らばっている岩に身をかくして、私たちは谷底をすばやく、また、用心深く四つんばいになって進みました。日暮ごろ、私たちは小さな流れに着き、水をたらふく飲み、食べものを少し食べました。それから私たちは山に登ったりして、グレンコーの恐ろしい谷間から遠ざかろうと道を急ぎました。
ある山の頂上近くで、私たちは木に囲まれた小さな谷間にたどりつきました、流れの中にはマスが泳ぎ、洞穴がかっこうのかくれ家となりました。
アランはそれをコリネイキーの絶壁と呼びました。私たちはそこで数日間休みました。
しかし、私たちはいつまでもそこにいることはできませんでした。ある夜、アランはこっそり山を下って、彼の一族の1人に、私たちの居場所について伝言を残してきました。私たちには、とりわけ、お金が必要でした、アランが無事にフランスに着くためには。3日たって返事がありました。
その地方は赤い軍服の兵隊たちに徹底的に捜査されていました。グレン家のジェイムズも疑いをかけられ逮捕されていました。アランと私をつかまえると、百ポンドのほうびがもらえることになっていました。使者はお金ばかりでなく、触れ書きも持ってきてくれました。
私はたいへんかっこう悪く描かれていて、とても私とはわかりそうにありませんでした。しかし、アランはすでに知られすぎていて、とても安全とは言えませんでした、それで、ちょっとの間ですが、私は低地人のため、また私の一族のために、自分だけ横道にそれようかなという誘惑にかられました。

 次の日の朝、私たちはまた進みました。私たちは山をおりて、ものさびしい荒野へと下っていきました。身をかくすところはほとんどなく、まわりの山々に見張りがいればすぐみつかってしまうような状態で、茂みから茂みへと忍び足で進まなければなりませんでした。暑くて雲もなく、私たちの水筒はすぐにからになりました。
正午ころ私たちは休みました。アランがまず見張りをしました。次に、私が見張ってすわっている間、彼は眠りました。そして私も眠ってしまったのです。
私は不意に目を覚しました。もう少しで遅すぎてしまうところでした。
南東の方向から騎兵の一団が近づいてくるところでした。私が見張っていると、彼らは半マイルほどにわたって扇形に散開しました。それから彼らはゆっくりと前進して、彼らの剣でヒースの茂みを調べはじめました。
ここにいれば、捕えられるのを避ける方法はありませんでした。しかし、彼らの前で逃げ出せば、すぐに追いつめられてしまうでしょう。

 アランは目を覚して、事態をすばやくのみこみました。「私たちは兵隊たちの散開線を避けなければならないな。北東の方に見えるあの山はペン・オールダーというんだ。でこぼこだらけの荒れ果てた、人っ子1人いない山だが、もし月があがる前にそこに着ければ、まだなんとかなるだろう」
すでに疲れきってはいましたが、私たちは命からがら逃げ出しました。
半マイルほどにわたって前進してくる竜騎兵の前を、私たちはほとんどずっと四つんばいで苦労して進みました。夜になって遠くの方でラッパの音がひびき、兵隊たちは呼び返されましたが、私たちは足をとめませんでした。空気は涼しくなり、夜霧がしっとりとおりて、私たちは元気づきました。
夜が明けると、私たちは疲れ果てて、まひしたようになっていましたが、それでもとぼとぼと歩き続けました。疲れきっていてまともに見張りもできず、私たちは目の見えない人のように、まっすぐ待ち伏せの中へと入っていったのでした。

 3、4人の乱暴な高地人が、ヒースの茂みの中からとび出してきて、私たちを地面におさえつけ、のどに短剣をつきつけました。アランはゲール語で何か言いました、すると、すぐ私たちは離され、立つことができました。
彼らに護衛されて、私たちはふたたびペン・オールダーへ向かいました、私は2人の高地人の助けを借りました、2人は両側から私の腕をつかんで、まるで羽根のように軽々と私を運んでくれたのです。
山のふもとの方には、木が密生していました。木々の上には切り立ったような絶壁がそびえていました。そして、私たちはボリッチー族の首領、クルーニ・マクファーソンのお客として、かくれ家を提供されることになったのです。

 他のジャコバイト党の首領のように逃げることはせずに、彼は自分の領地にとどまっていました。彼は数多くのかくれ家を用意していました、そして今、私たちはクルーニのおりとして知られているところへ案内されたのです。
木々が岩肌からつき出ているところに、木の幹やがっしりした枝が枠組を作るようにしばりつけてありました。山の上まで運びあげられた土で平らな床が作られており、建物全体はワラでふかれコケでおおわれていて、5、6人が快適にその中に過せるようになっていました。

 アランは私を首領に、ショーズ家の地主、ディビッド・バルファ氏だと紹介し、私たちはすわって温かい食事をとりました。どこから見ても岩肌にしがみついているスズメバチの巣のように見えるこの風変りな家には暖炉がありました。それは浅い洞穴に作られていて、煙は上の方の灰色の砦をつたってのぼるので、気づかれないですむのでした。

 しかし、私は食事しようとすわったとき、世界がぐるぐるまわるような気がしました。恐怖、疲労、餓死寸前などの影響があらわれたのです。クルーニの召使たちが私をベッドに運んでくれました、私は3日の間、大部分はうつらうつらとベッドの中に寝たきりでした。高地人の1人は首領の床屋をしていましたが、実際の職業は医者でした。私はその男の世話にまかされ、一方、アランは頑健で、食事を終えるころには体力を回復し、トランプばかりしていました。

 3日目の朝になると、私は気分がよく、起きられるようになりました。
私は巣窟への入口に行きました。空気は新鮮に感じられ、私は先へ進みたくてたまりませんでした。しかし、アランは困っているように見え、どこか恥しそうでした。そして彼は、3日間のトランプの勝負で私たちの持っていたわずかの金を全部失ったのだと白状しました。
クルーニは気前よく、彼が勝った分を返そうと言ってくれ、私は喜んでそれを受け取りました。しかし、アランは誇りを傷つけられ、私たちは陰気に黙ったまま、クルーニの巣窟を出て、山を下りました。
私たちは竜騎兵から逃げまわっているうちに、本来とるべき道から何マイルもはずれていました。クルーニは私たちに道案内の男をつけてくれました、彼は私たちを、まずエリヒト湖へと連れていき、私たちは夜のうちにそこを渡りました。彼はラナッホ湖の岸にあるかくれ家へと私たちを連れていき、低地への私たちの旅のこれからの道順について指示してくれました。
アランはまだむっつりしていました。そして、私たちのとるべき道がひとつの山のてっぺんから、次の山のてっぺんへとなっているばかりではなく、キャンベルの領地を通るのだと知ると、怒り狂いました。しかし、クルーニの部下が、キャンベル殺害の犯人をさがす際、2人の容疑者がその領地にいるとはだれも思わないだろうと説明したので、アランは少し落ち着きました。
私たちはすぐに、クルーニの巣窟で休んで得た気力や体力を失ってしまいました。光り輝く夏の気候から一変して、寒さと風雨がきびしくなりました。霧と低い雲のなかを、私たちは夜の間とぼとぼと歩き、昼間は水浸しの地面の上で眠りました。2人とも機嫌が悪くなりました。私たちは歩きながら口論しました。そしてとうとう、アランが私たちの貴重なお金を賭けたことで大げんかとなりました。私は怒って、アランに対して剣を抜き……それで2人とも正気にもどり、また仲良くなりました。

 しかし、仲良くなっても、苦痛がやわらぐわけではありませんでした。
私は骨までこごえてしまいました。手足もひどく痛みました。すぐに暖かい避難所をみつけないと、死んでしまうだろうという気がしました。とうとう、足がいうことをきかなくなりました。私は一歩も進めなくなりました。アランの計算によると、私たちはバルクフィダーの領地に来ているにちがいありませんでした。バルクフィダーの山岳地方は大きな一族だけの領地ではありませんでした。そこの人びとはいろいろな族に属していました。なかには逃亡者もいました。有名な無法者ロブ・ロイの親類である、マクレガーの一族も何家族かありました。マクレランの一族も数家族ありました、マクレランの一族はアランの領主、アッピンのスチュワートに忠節をつくしていました。
最後の力をふりしぼって、私は激しく流れる小川の土手にそって下っていくアランについていきました。やがて1軒の家に着き、アランはドアをノックしました。その家の人びとはマクレランの一族でした。私たちは、さらにもうひとつの避難所をみつけたのです。アランは私を置いて自分のためのかくれ場所をさがしに出かけましたが、私が病気で寝ている数週間の間、彼は毎晩私のところに来てくれました。私たちがバルクフィダーにいるというニュースは、すぐに山岳地方の人たちにひろがりました。私は医者の看護を受けましたし、多くの訪問者が私に会いにきました。壁には、おたずね者の触れ書きがとめてあり、私は寝床からそれを見ることができました。それは、おたずね者にとっては奇妙な生活でした。その家の主人ダンカン・デュ・マクレランは笛吹きでした。私が少し力がつくと、彼は晩方に笛を持ち出してきて、そして、しばしば、音楽と笑い声が夜のやみのなかへひびくのでした。

 一族のうち、だれひとりとして私たちを密告する人はいませんでした。
百ポンドの資金がかかっていたのですが。それに、赤い軍服の兵隊たちがあたりを巡回していましたのに。ある日ベッドから見ていると、強そうな歩兵のパトロールと騎兵の一隊が通っていくのが見えました。しかし、彼らは山岳地帯に散らばっている小さな家々には注意を払いませんでした。
ある日、新しい客がマクレラン家を訪れました。それはロブ・ロイの息子のロビン・オイグ・マクレカーでした。彼とアランは昔は好歌手でした、そして、ダンカン・デュは笛で優劣を決めてはどうかと提案しまた。ロビンは音楽家として有名でした、そして、おどろいたことには、アランもそうだったのです。マクレラン夫人が食べものと飲みものを並べている一方で、アランとロビンは炉の両側に分れてすわりました。彼らはかわるがわる演奏しました。すると、なんて2人ともすばらしく奏でるのでしょう。私はそれまで音楽にそんなに感動したことはありませんでした。ロビンの方が上手だとアランが認めたのは、明方近くになってからでした。私たちと同じく、ロビン・オイグ・マクレガーも逃亡者でしたが、私たちより不運でした。3年とたたないうちに彼は捕えられ、絞首刑になってしまったのです。

 夏も終りに近づくころ、私は旅をしてもだいじょうぶだろうと言われました。最後の大きな障害がひとつ残っていました、それはフォース川でした。主な橋は、城と赤い軍服の兵隊たちの駐屯地のすぐ近くのスターリングにありました。
アランはアッピンの殺人事件からだいぶ時間がたっているので、私たちへの捜査の手もゆるんでいるだろと考えました。そういうことなら、もっともいい方法はスターリングを通って、低地への最短距離を行くことでした。
私たちは夜の間にバルクフィダーを後にし、2日後にはストラサイアを経て、山岳地帯からスターリング平野という低地へと下りました。気候は暖かく、私たちは支流がフォース川へ合流するところにある小島に野営しました。
1日じゅう、私たちは食べたり飲んだり、川沿いの小麦畑で刈り入れをしている人たちの話声に耳を傾けたりしながら、身をかくしていました。
そんなに遠くないところにスターリング城が見えました。そして城のすぐ下に橋がありました。
私は月がのぼらないうちに川下へ出発しました。城の中にも、町の中にもあかりがついていました、しかし、たいへん静かでした。アランが思っていたように、幅が狭く、けわしくそびえている石造りの橋の上には、見張りがいないようでした。

 私たちはできるだけ近くまで忍んでいきましたが、それでも、歩哨は見当りませんでした。しかし、弓形になっている橋の一番高いところから先は見えなかったので、私たちは待つことに決めました。
道ばたの土手の陰にうずくまっていると、足音が聞えてきました。老婆がこちらへやってきました。彼女が橋の方へ進んでいくのが聞えました。
足音はだんだんかすかになりました。彼女がたしかに渡り終ったころでした。そのとき 「だれだ」 という声が聞こえ、マスケット銃のガラガラ鳴る音も聞こえました。橋にはちゃんと見張りが立っていたのです。
私たちはどうしたらいいのでしょうか。残っているお金はたったの3シリングでした。そして、私たちと安全な場所との間には、幅の広い流れの速い川があるのです。上流にはとりでがあり、小さな橋にも見張りが立っていることでしょう。そこで私たちは、フォース入江から、さらには海に注いでいる河口へ向かって、流れを下っていきました。
一晩じゅう、私たちは町や村を避けて川岸伝いに進みました。夜明けには、ライムキルンズという小さな村の近くに着きました。向う岸に、数週間前の私の冒険がそこから始まった、あのクイーンズフェリィが見えました。そして、そこには弁護士のランキーラーさんがいたのです。彼は、私の汚名をそそぎ、アランを無事にフランスへ渡すことができるかもしれない、ひとつの希望の星でした。しかし、私たちとクイーンズフェリィの間には、幅がひろく、流れの速い川があり、数隻の船が停泊していて、小舟が行ったり来たりしていました。小舟こそ私たちが必要としているものでした。小舟があれば……。

 小さな居酒屋で、私たちはパンとチーズを買いました。その居酒屋にいるのは、私たちに売ってくれた少女だけのようでした。買った食べものをかかえて、居酒屋からほんの数歩あるいたところで、アランは立ち止まりました。「あの娘が、小舟を都合してくれるかもしれないな」 と、彼は言いました。
「君の顔色がもう少し悪ければよかったのに」 と、彼は居酒屋へもどりながら言いました。彼は私を椅子に腰かけさせました、私は当惑して、彼にされるままになっていました。それから彼はブランデーを一杯注文し、少しずつ私に飲ませはじめました。彼はパンを小さくちぎって、それも少しずつ食べさせました、まるで私がほんの子どもか……あるいは病人ででもあるかのように。「この人、具合が悪いの?」 と、彼女は叫びました。

 「具合が悪い?」 と、アランは叫びました。「この男は何百マイルも歩いて来たんだ、夜はしめったヒースの中で眠ってな」
「友だちはいないの?」
「そりやあいるさ」 と、アランは言いました。「しかし、小舟がなければ、友だちのところへも行けやしないさ。そして、その上にね……」 ここでアランは身をのり出して、2、3節やさしく口笛を吹きました。それは 「チャーリーはわがいとしき人」 というジャコバイト党の歌でした。
少女は息をのみました。「それじゃ、この人は……」
「そのとおりさ」 と、アランが言いました。「おまけに首には賞金がかかっているのさ」

 それを聞くと、少女は温かい食事を運んできて、お代はいらないと言いました。私は彼女に、クイーンズフェリィのランキーラーという弁護士を知らないかとたずねました。彼女はランキーラーのことを知っていたばかりではなく、彼の評判がとてもいいことまで聞いていました。さらに重要なことには、私たちのために小舟を手に入れようとうけ合ってくれました。
その日、それから後は海岸の森の中に私たちはかくれました。夜になって、家々のあかりが消えてからだいぶたったころ、オールの音が聞えました。それは居酒屋の娘でした。だれかほかの人を信用して頼むというような危険をおかさずに、彼女は近所の家の小舟でやってきてくれたのです。
彼女はたくましい娘で、私たちはまもなく、ローシアンの岸に着きました。

 私たちは彼女に感謝しておやすみを言い、ライムキルンズへもどる彼女の姿が、暗やみのなかに消えてしまうまで見送りました。私は彼女の勇敢な行為がみつからないですむようにと祈りました。おたずね者を助けた罰はひどいものでしたから。

 朝の光のなかを、私は町へと歩いていきました、一方アランは畑にかくれていました。私はクイーンズフェリィの大通りを、ぼろ服を着たきたないかっこうで歩きました。この優雅な町の立派な見なりをした市民たちは、変な目で私を見ました。私は恥しくて、だれかを呼びとめてランキーラーさんのことをたずねることなんかできませんでした。とうとう、私は、町の海から遠いあたりにある立派な家のそばに立ちどまって、ひと休みしました。立派な服を着た紳士が階段をおりてきました。私は勇気をふるって、ランキーラーさんの家はどこですかとたずねました。
「この家がそうだ」 と、その人は言いました。「そして私がランキーラーだが」

 その瞬間から、すべてが変りました。私は彼にディビッド・バルファですと名乗りました。彼は私を家の中に連れていき、私に起ったことをすべて話させました。弁護士として、彼は法律にふれるようなことは、どんなことがあってもしなかったでしょう。彼は、彼自身ならびに他の関係者を守るために、彼は私に偽名を使わせました。クルーニ・マクファーソンは 「ジェイムスン氏」 になり、アランは 「トムソン」 という名になりました。
私は今ようやく、なぜ叔父が私を誘拐させたかがわかりました。エベネーザ叔父は、ショーズ家のバルファの下の息子だったのでした。私の祖父が死んだとき、エベネーザは領地を管理するためにショーズ家の屋敷に残り、彼の兄である私の父は家を出て、遠いポーダー村で学校の先生になったのです。父の死後、ショーズ家の当主になるのは、エバネーザ叔父ではなくて、私だったのです。私は土地を持ち、銀行には預金を持つお金持でした。

 しかし、アランのことをどうしたらいいのでしょうか。たとえ彼が 「赤い狐」 の殺害に関して無実であっても、ほかのことはさておき、ジャコバイト党員として、おたずね者であることには変りないわけです。しかし、今となって、アランを見捨てることは私にはできません。しかし、何よりもまず、エベネーザ叔父のことをかたづけなければなりませんでした。
体を洗い、食べさせてもらい、ランキーラー氏の息子の洋服を着せてもらい.私は日が暮れてから、弁護士とその書記といっしょに出かけました。
私は彼らをアランがかくれているところへ連れていき、彼に計画を説明しました。それから、私たちはショース家の屋敷へ向かいました。

 残りの3人が陰にかくれると、アランは大胆に鉄鋲を打ったドアのところに歩いていき、大きくノックしました……私が約3か自前にしたように。
そしてあのときと同じように、しばらく間がありました。やがて上の方の窓が開き、ショーズ家のニベネーザ・バルファがラッパ銃を手にして現れて 「そこにいるのはだれだ」 と叫びました。

  アランは急を要する用事があるから、降りてきてドアを開けるようにと言いました。エベネーザ叔父は言われたとおりにしました。階段の一番上に腰をおろし、銃をアランに向けて、彼は言いました 「いったい、何の用事なんだ」
アランは彼に、ホージアスン船長の仲間だと話しました。船がマル島の沖で難破してしまったので、もうディビッドをアメリカに奴隷に売ることはできなくなった、彼は今、捕えられていて、身の代金をとられるか……それとも殺されるかだ。エベネーザさんはどちらをお望みかね (とアランは言いました)。頭が混乱し、また、おびえて、エベネーザ叔父は、次から次へとうそをつくという大失敗をやりました、そして、計略にひっかかって白状してしまったと気づいたときには、もう遅すぎました。彼は、私を誘拐してカロライナで奴隷に売ってくれと、ホージアスンにお金を支払っていたのでした。
それを聞くと、私たちは物陰から進み出ました。
「バルファさん、こんばんは」 と、弁護士が言いました。

 「こんばんは、叔父さん」 と、私が言いました。
エベネーザ叔父はひとことも言いませんでした。
まだ、ものも言えず、彼はランキーラー氏のなすがままに家の中へ引き入れられました。私たちも続いて、家の中に入りました。すはやく、また上手に、弁護士は事の結着をつけました。エベネーザ・バルファを法廷に引き出せば、アランはきっと危険にさらされることになります。彼はまた年老いてもいました。そこで、叔父は死ぬまでショーズ家にいてもよいが、領地からの収入の大部分を私のものとする、ということで同意をみました。
次の日、フランと私はショーズ家の屋敷を出て、エディンバラに向かいました。私たちはその郊外で握手をし、さよならを言いました。
私は、アラン・ブレック・スチュワートがフランスへ安全に、そしてひそかに渡れるような手はずを整えるために、1人で町の中へ入っていきました。
しかし……それはまた別の話です。


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