レディバードブックス100点セット
 

 

小公女

〈セーラ〉

 セーラ・クルーはたった7歳でした。彼女のお母さんは、彼女を産むとすぐに亡くなりました。セーラは、ずっと陸軍大尉のお父さんといっしょにインドに住んでいました、お父さんはたいへんな金持でした。今、彼女はお父さんのもとを離れて、イギリスの学校に入学することになりました。
「おまえは、たくさんの少女たちといっしょの家に住むことになるのだよ」 と、お父さんは彼女をはげまして言いました。「そして、おまえが大きくなり、賢くなったら、家にもどって私の世話をしておくれ」 しかし、お父さんも、この風変りな古風な娘がいなくなると、たいへんさみしくなるだろうとわかっていました。
セーラは他の少女たちをそんなに好きではありませんでした。彼女は本を読むのが一番好きで、お話を作ったり、お人形のエミリーに話しかけたりするのも好きでした、エミリーは自分の言うことが何でもわかるのだと、セーラは確信していたのです。
クルー大尉はセーラに美しい衣類をたくさん買ってくれました──毛皮のふちどりのあるベルベットのドレス、ほんもののレースのフリルのついたペチコート、マフ、だちょうの羽根のついた帽子などを。
しかし、これらの美しい衣類もセーラには、すてきな愛するお父さんと別れる埋め合せとなるものではありませんでした。しかし、彼女は軍人の娘でした。それで、雄々しくなければならないとわかっていました。「戦争に行くようなものだわ」 と、彼女は思いました。
ロンドンの暗い冬の日に、セーラとお父さんは馬車に乗って、霧の深いなかを出かけました。

 馬車は、広場に面した、ぶかっこうなれんが造りの家の前に近づきました。その家のドアには、次のように書いた真鍮の標札がかかっていました。
「ミンチン女史 令嬢のための学院」
彼らは暗い応援室に通されました、そこにはがっしりしたよく磨かれた家具があり、暖炉の上には重々しい大理石の時計がありました。
「わたし、こんなの好きじゃないわ」 と、セーラはささやきました、すると、お父さんが手をぐっと握ってくれました。
やがて、ミンチン先生が入ってきました。彼女はその家にそっくりでした。背が高く、陰気で、ぶきりょうでした。彼女の大きな目は冷たく魚のようでした。そして彼女は、大きく、冷たく、魚のように笑いかけるのでした。

 「なんてお美しいお子さんでしょう」 と、彼女は大げさに言いました。
(彼女は金持の親にはいつもそう言うのでした)。
セーラは自分が美しくないことを知っていました。彼女の髪は金色の長い巻毛ではありませんでしたし、目も青くありませんでした。彼女は短かくて黒く、つやつやした髪をし、顔は風変りで小さく、目は非常に大きくて緑色でした。
クルー大尉はセーラのために、個室を用意し、マリエッタというフランス人の女中をやとい、セーラのほしい本をすべて買い与えるよう、手はずを整えてありました。
「この子は、のみこみのはやい子です」 と、彼は説明しました。「しかし、遊びもしなければなりません、私はこの子を幸せにするために必要なものは何でも与えようと思っています」 それから、彼は愛する娘に悲しく別れを告げました。

 セーラは自分の部屋にそのままあがっていって、かぎをしめました。彼女はお父さんと別れた後、ひとりになりたかったのです。
ミンチン先生とその太った妹のアメリア先生はドアの外で立ち聞きしましたが、何の音も聞えませんでした。「なぜあの子はほかの子どもたちみたいに大声で泣かないのでしょう」と、彼女たちはいぶかりました。
しかし、セーラはそんな子どもではなかったのです。

〈フランス語の授業〉

 翌日の朝、セーラが紺の制服を着てミンチン先生の机のそばに立ったとき、生徒たちはお互いにささやき合いました。
「彼女はちっともきれいじゃないと思うわ」 と、年かさの少女のひとりのラビニヤが意地悪く言いました。
「でも、あの緑色の目は人を振り向かせるわ」 彼女の友だちのジェシーが言いました。
「彼女はフリルのついたペチコートを着ているわ。こっけいよ」 と、しっと深いラビニヤが言いました。
セーラはそこに静かに立っていました。ミンチン先生は、フランス語のドファルジュ先生がお見えになるまで、見てなさいとフランス語の単語のリストをセーラに渡しました。セーラはそこに書いてあるフランス語はすでに全部知っていました。彼女のお母さんはフランス人でしたから、お父さんもしばしばフランス語でセーラに話していたのです。彼女はミンチン先生にそう言おうとしましたが、先生は聞こうともしませんでした。
やがて、ドファルジュ先生が入ってきました。
「今度の生徒はむずかしい子ですよ。彼女はフランス語を勉強したくないのです」 と、ミンチン先生は不機嫌に言いました。「彼女のお父さまはフランス語を勉強させたいのです、フランス人の女中をやとったほどですから」
「お父さんは、私が彼女を好きになるだろうと思ったから、マリエッタをやとったのだと私は思います」 と、セーラは言いました。

 「あなたの好ききらいの問題ではありませんよ、お嬢さん」 ミンチン先生はガミガミと言いました。「あなたが甘やかされていたことが私にはわかりますよ」
セーラは無邪気な緑色の目でドファルジュ先生を見上げました。彼女はきれいな流ちょうなフランス語でていねいに話しました。彼女は、リストの中のフランス語の単語はすでに全部知っているのだと説明しました。ドファルジュ先生は彼女がたいへん気に入りました。
「この子に教えることは何もありません。この子のアクセントは完ぺきです」 と、彼は言いました。
「静かにしなさい。クスクス笑うのを止めなさい」 と、ミンチン先生は行儀の悪いクラスに言いました。「セーラ、あなたはそれを私に話すべきだったのですよ」
「私はお話ししようとしましたわ」 と、セーラは言いました。
ミンチン先生はこの新しい生徒がきらいになりはじめました。

〈セーラに友だちができる〉

 フランス語の授業の間に、セーラは、太ったきりようのあまりよくないアーメンガードという名の少女に気がつきました、その子はお下げのはしに結んだリボンをかんでいました。彼女は読みなさいと言われると、たいへんへたな発音で読みました。ラビニヤやジェシーやほかの少女たちは彼女をばかにしました。
アーメンガードは顔を赤くし、涙を浮かべました。セーラは彼女がかわいそうになり、彼女の友だちになりたいと思いました。だれか困っている人を見ると、いつでもその人の力になりたいとセーラは思うのでした。
それで、授業が終ると、セーラはエミリーに会いにいらっしゃいと、アーメンガードを居間に招待しました。セーラは彼女に人形をひざにだかせ、暖炉の敷物にすわって、部屋にほかにだれもいないときには、お人形だっていろいろと不思議なことをするのよと、アーメンガードに話して聞かせました。

 「エミリーはほんとうに歩いたり、しゃべったりできるの」 と、アーメンガードは人形をだきしめながら言いました。
「私はできるってふりをするの」 と、セーラは言いました 「そうしてると、ほんとうらしい気がしてくるの。あなたはそんなふうに、ふりをしたことはないの?」
「私は利口じゃないんですもの」 と、アーメンガードは言いました。「でも、あなたは頭がいいわね」
「私にはわからないわ」 と、セーラは言いました。それから突然悲しそうな顔になりました、お父さんが彼女のことを 「利口なかわいい子猫」 と、よく呼んでいたのを思い出したのです。
「あなたは世界じゅうのだれよりもお父さまが好きでしょう」 と、彼女は熱心にたずねました。

 アーメンガードは、どちらかというとお父さんをこわがっていました。彼はたいへん頭がよくて、自分の娘なのに彼女がどうしてそんなに頭が悪いのか理解できなかったのです。「私はお父さまにはあんまり会わないの」 と、彼女は答えました。「お父さまはいつも書斎で本を読んでいるんですもの」
「私は世界じゅうのどんなものよりもお父さまが好きよ。十倍以上も好きなの。でも、お父さまは行ってしまわれたわ」 と、セーラは言いました。
「ラビニヤとジェシーは“親友”でしょ」 と、アーメンガードはおずおずと言いました。「私をあなたの親友にしてくださらない。あなたは一番頭がよくて、私は一番頭が悪いのだとわかっているわ──でも、私はほんとうにあなたが好きなの」
「うれしいわ」 と、セーラは顔を輝かしてほほえみました。「お友だちになりましょう──そして、フランス語の勉強を助けてあげるわ」

〈お気に入りの生徒〉

 もしもセーラがほかの少女だったら、彼女はすぐに増長したことでしょう。ミンチン先生は彼女が好きではありませんでしたが、いつも彼女をほめていました。セーラがお父さんに、自分は不幸せですと手紙を書き送るのではないかと心配だったからです。
ラビニヤはたいへんねたみました。セーラが来るまでは、彼女が花形の生徒だったのです。

 ラビニヤは年下の少女たちに威張りちらし、こわがられていました。
セーラはまるで違っていました。彼女は親切で、やさしかったのです。彼女は、ロッディという名のやっかいな小さな少女に特に親切でした、その子には母親がいなかったのです。
セーラは見せびらかすことは決してしませんでした、彼女はアーメンガードに次のように話したことがありました 「たくさんのすばらしいことがたまたま私の身に起ったのよ。私のほしいものは何でも与えてくださるお父さまがいて、幸運だったわ。だから、私はいい子にならずにはいられないの。おそらく私も心の底ではいやな人間なのかもしれないわ。だけど、だれにもそんなことはわからないでしょうね。私は私を試す試練に会ったことはないんですもの」
「ラビニヤも試練に会ったことはないわ」 と、アーメンガードは言いました 「しかし、あの人はいつでもいやな人よ」

 ラビニヤはジェシーに言いました 「セーラのお父さんがインド陸軍の将校だということなんか、たいしたことじゃないわ、それに、彼女の部屋の虎の皮の敷物が生き返るなどという彼女の作り話なんか、ただばかばかしいだけよ」
セーラがたいへんな人気者になったのは、彼女がお話を創作する才能に恵まれていたためでした。彼女が子どもたちの輪のまん中にすわって、自分が作ったとてもすばらしい物語を話しはじめるとき、彼女の緑色の目は興奮して輝きました。彼女は手を振り、声をどきどきするようにあげたり小さくしたりして、王さまや女王さまや妖精のお話をみんなほんとうのことのように思わせるのでした。
「私はお話をしているときには、それが作り話だとは思えなくなるの」 と、彼女は言いました。「私はそのお話の中にでてくる人物に、次から次へと自分がなっていくような気になるの」

〈べッキー〉

 セーラのお話は、世界じゅうでもっともすばらしいものだと思う子がいました。その子はべッキーという名前でした。彼女はかわいそうな召使の少女で、顔はいつも汚れていました。彼女は靴や暖炉の格子をみがいたり、床をごしごしこすったり、重い石炭バケツを持って階段を上がったり下ったりしていました。べッキーは朝から夜まで、だれかに何か言いつけられどおしでした。
彼女はセーラの居間の暖炉を掃除するときには、彼女のお話が聞きたくて、できるだけ長く時間をかけていました。
「人魚たちはきれいな緑色の海の中を静かに泳ぎまわり、深海の真珠で編んだ網をひいていました」 と、セーラはある日やさしい声で話していました。「お姫さまは白い岩の上にすわって、人魚たちを見ていました」
べッキーはぺたんとすわり、夢中になって聞き入り、ブラシを落してしまいました。話し手の声が、やさしい青い光が輝き、遠くの方でだれかが歌っている、金色の砂がしきつめられた深い海の中のどうくつへと、ベッキーを引きずりこんだのです。
「この子、聞いてたわよ」 と、ラビニヤが鋭い声で言いました。
「なぜ、聞いてはいけないの」 と、セーラはたずねました。
「彼女は召使なのよ」 と、ラビニヤはあざ笑いました。
そんなことがあってから、セーラはよくベッキーに話しかけるようになりました。そして、ケーキをあげたり、火のそばにすわらせて、人魚とお姫さまのお話の続きを話して聞かせたりしました。
「お嬢さまは、ほんとうに王女さまみたいだと思いますわ」 と、ベッキーはおずおずと言いました。
「私はときどき、王女さまだったらどんなふうかしらと思うことがあるわ」
と、セーラは考えぶかそうに言いました。「たぶん、私は王女さまになったふりをすることができると思うんだけれど」
ベッキーはお腹がすいていることが多かったのです、そこでセーラは彼女のためによく小さな肉入りのパイを買い、マフの中にかくして学院に持ちこみました。ベッキーはそのパイにとてもなぐさめられ、セーラの親切にさらにいっそうなぐさめられて、冷たい屋根裏の寝床に帰っていくのでした。

〈ダイヤモンドの鉱山〉

 ある日、お父さんからセーラのもとへ、わくわくするような知らせが届きました。お友だちといっしょにダイヤモンドの鉱山を買うことになったというのです。その話は、セーラにはまるでおとぎ話のように問えました。
彼女は少女たちに、宝石できらきら輝いている神秘的な地下の通路についてお話をしてやりました。
ラビニヤは言いました 「私はそんなもの信じないわ。いつも彼女がいう“〜のつもり”のひとつよ」
「彼女の新しい“つもり” のひとつは、王女さまになったつもりですって。ロッティがそう言ったわ。セーラが王女さまだなんて、想像してごらんなさいよ」 と、ジェシーが言いました。
ちょうどそのとき、セーラが部屋に入ってきました。彼女は少女たちが彼女のたいせつな秘密を知っているのを見てうろたえました。「それはほんとうよ」 と、彼女は威厳のある態度で言いました。「私は王女さまのつもりよ、だから王女さまのようにふるまおうと思うの」

 時がたち、セーラの11歳の誕生日になりました。お父さんはすばらしいフランス人形を送ってくれました。「これは私の最後のお人形になるでしょう」 と、彼女はお父さんへ手紙を書きました。「私はもうほとんど大人ですもの」
お父さんはダイヤモンドの鉱山について、今度はそう興奮して書いてありませんでした。「事業のことを考えると、頭がいたくなる」 と、彼は書いてきました。
セーラが宝物にしている、もうひとつの贈物がありました。それはベッキーの贈物で、彼女は自分でそれを作ったのでした。それは真赤なネルで作った、あまりきれいでない針さしでした。その針さしには黒いピンが、「おたんじょうび、おめでとう」 と読めるようにさしてありました。
「お嬢さまなら、これが絹で、針はダイヤモンドのつもりになってくださると思いました」と、ベッキーは言いました。「私もそれを作っているとき、そのつもりになっていたんです」

〈セーラの誕生パーティ〉

 全校あげてのパーティが行われることになりました、セーラは、ベッキーが参加してもいいかとたずねました。ミンチン先生は同意しないわけにはいきませんでした、しかし、彼女にはおもしろくないことでした。
「すみの方に立っていなさい」 と、彼女は命令しました 「お嬢さんたちのそばに寄るのではありませんよ」

 べッキーは、贈物が見られるのならば、そんなことは気になりませんでした。
「セーラはいつかたいへんなお金持になるでしょう」 と、ミンチン先生は続けました。「それで、彼女のお父さまは、きちんと教育してくださいと、彼女を私におあずけになったのです。彼女は親切にもみなさんをパーティ」 に招待してくださいました、だからあなた方は彼女にお礼を言わなければなりませんよ。さあ、私は席をはずしますから、後はあなた方で楽しくお遊びなさい」 そう言うと、彼女はもったいぶって出ていきました。
少女たちはみんな、贈物、とくに最後のお人形を見ようとかけよりました。お人形は豪華なもので、服や宝石がいっぱい入ったトランクもついていました。
「このお人形はロッティと同じくらい大きいわね」 と、ひとりの少女があえぐように言いました。
「このお人形に、私たちが言っていることがわかると思う?」 と、セーラが言いました。

 「あなたっていつも空想ばかりしているのね」 と、ラビニヤは言いました。
「ほしいものが何でも手にはいるときには、それでもいいでしょうよ。あなたが屋根裏に住むこじきだったら、空想していられるかしら」
セーラは考えこみました。「できると思うわ、もし私がこじきだったら、しじゅう空想していなければならないと思うわ。しかし、それは楽ではないでしょうね」
ちょうどそのとき、アメリア先生が部屋に入ってきました。「あなた方はみんな、ここから出てお茶にしなさい」 と、彼女はあわてた様子で言いました。「セーラのお父さまの弁護士のバロウさんがいらっしゃいました、そしてミンチン先生はこの部屋で彼とお会いになるのです」
子どもたちはみんな急いで出ていきました、そしてミンチン先生が入ってきました、先生のうしろから、黒っぽい服を着た背の高い紳士がついてきました。

〈ふたたびダイヤモンドの鉱山〉

 バロウさんは、あの最後のお人形とその衣装を不機嫌そうに眺めました。
「彼はお金の使い方をたしかによく知っていたな」 と、彼は言いました。
「クルー氏には、そんなもの何でもないのですよ」 と、ミンチン先生は歓笑しました。「ダイヤモンド鉱山のことを考えてごらんなさいな」
「ダイヤモンド鉱山なんてありませんよ」 と、バロウさんはきっぱり言いました。「そんなものはなかったのです。彼の友だちは彼をだまして逃げてしまったのです。亡くなったクルー氏は……」
「亡くなったクルー氏ですって。それはどういう意味ですか」

 「彼は亡くなったのです、先生。熱病と仕事の心労で、娘の名を呼びながら死んでしまいました。1ペニーも残さずに」
「セーラは一文なしになってしまったということですか。彼女は私が世話しなければならないということでしょうか」 と、ミンチン先生はあえぎあえぎ言いました。
「彼女には親類はいませんし、一文なしです」 と、バロウさんは冷たく言いました。
「しかし、最後の小切手が届いてからは、私は贈物やパーティの費用を全部払ったのです。あんな子は外にほうり出してやります」 と、ミンチン先生は怒って叫びました。

 「そんなことなさらない方がいいと思いますよ、先生。学校の名声を考えてごらんなさい。彼女を手もとにおいて、うまく使った方がいいですよ。彼女は頭のいい子だ」 と、バロウさんは言い、お辞儀をして部屋から出ていきました。
ミンチン先生は腹が立ってたまりませんでした。彼女はアメリア先生を呼びつけました。「クルー大尉が死んだんだってさ。彼は一文なしで死んで、甘やかされたセーラは私のやっかい者になったのさ。このばかげたパーティをやめさせなさい。セーラにすぐドレスをぬいで黒い服に着がえるように言いなさい」
「私が言いにいかなければなりませんの? 今すぐ? パーティの最中なのに」 と、アメリア先生があえぎながら言いました、彼女はお姉さんよりやさしい人でした。しかし、彼女は反論する勇気がなく、目をハンカチでふきながら、そっと部屋の外へ出ていきました。

〈ちがった世界〉

 アメリア先生がお父さんのことについてセーラに話したとき、彼女は声を立てませんでした。彼女は緑色の目を大きく見開き、顔を白くして、先生をじっと見上げているだけでした。それから、彼女は自分の部屋に行き、ドアに鍵をかけました。彼女は奇妙な陰気な声で 「パパが死んでしまった。パパが死んでしまった」 と、何回もくり返しながら、部屋の中を歩きまわりました。
彼女は人形のエミリーに言いました。「パパは死んでしまったのよ。何千マイルも遠いインドで亡くなったのよ」
彼女は自分には短すぎる昔着た黒い服を身につけ、髪の毛を黒いリボンを結びました。それからエミリーを連れて、ミンチン先生の部屋に行きました。
「おまえには、今はもう人形をかまっているひまなんかないんだよ」 と、ミンチン先生は冷たく言いました。「おまえは今は、ベッキーと同じ貧乏人なの、だから暮しのために働かなくてはならないんだよ」

 「私は働けるのですか」 と、セーラは熱心に言いました。「働くことができれば、がまんしやすいわ」
「そうだよ、おまえは役に立たなくちゃいけないんだからね。小さい子どもたちの世話をし、お使いに行ったり、台所で働いたりするんだよ。さあ、お行き」
セーラは自分の部屋に上がっていきました。アメリア先生がドアのところに立っていました。「入ってはいけません、セーラ。ここはもうあなたの部屋ではないのですよ」 と、彼女は気の毒そうに言いました。
「私の部屋はどこですか」
「屋根裏で、ベッキーの隣よ」
セーラは屋根裏に通じるむさ苦しい階段をあがっていきました。彼女は屋根裏部屋のドアを開けて、中をのぞきました。それは別の世界でした。

 その部屋には、傾斜した屋根がむき出しになっていました。しっくいの壁は、はげ落ちていました。炉格子はさびていて、よごれた天窓の下に、鉄のベッド、固いマットレス、古びた家具、赤い足乗せ台などがありました。その窓から見えるのはスレートの屋根と煙突だけでした。
セーラはエミリーをだいて足乗せ台にすわり、人形の髪に顔を伏せました。彼女はカタリとも音を立てませんでした。

 しばらくすると、ドアを軽くたたく音がし、心配そうな白い顔がのぞきこみました。それはべッキーでした。
「おお、ベッキー」 と、セーラは叫びました。「私は以前、あなたに私たちはどちらも同じで、ただの2人の少女だと言ったでしょ。今、それがほんとうだってことがわかったでしょう。私はもう王女さまではないのよ」

 ベッキーはセーラにかけより、彼女をだきしめて、すすり泣きました。
「いいえ、お嬢さま、あなたは王女さまです。どんなことがあっても、あなたはやっぱり王女さまです。なにものもお嬢さまを変えることはできませんわ」

〈セーラの新しい生活〉

 セーラは暗やみなかで、屋根裏で過した最初の夜を忘れることができませんでした。セーラは冷たく固いベッドに横になって、外でヒュウヒュウ鳴る嵐の音や、ネズミが壁のうしろでガリガリひっかく音に聞き入りました。
翌日、彼女は台所で食事をするようにと言われました。彼女は小さな女の子たちにフランス語を教えることになりました、しかし、他の少女たちと話すことや、彼女たちといっしょに授業を受けることはゆるされませんでした。料理番や女中が彼女をこき使いました。
小さな王女さまから、彼女はみすぼらしい小さな召使になったのです、そして服が小さすぎて、へんてこなかっこうでした。彼女は暮しのかてをかせごうとしているのだということを示そうと熱心に働きました。彼女は雨が降っても雪が降ってもお使いに行きましたし、家事や下働きの仕事をしました。彼女はしょっちゅうひもじい思いをしました、また、やさしい言葉をかけてくれる人はだれもいませんでした。べッキーがただ1人の友だちでした。
セーラはたいへんみじめで、エミリーに自分のいうことがわかるとは、もう信じていませんでした。「おまえはただの人形よ」 と、彼女は叫び、エミリーを床にほうり投げました。

 アーメンガードはこんなことが起ったとき、学校にいませんでした。彼女は学校にもどったとき、なぜセーラがそんなにちがった様子をしていたのか、なぜ廊下で会っても一言も言わずに通りすぎてしまうのか、理解できませんでした。ある夜、彼女は屋根裏へ通じる階段をやっとみつけました。
「ああ、セーラ、会いたかったわ」 と、彼女は叫びました。「あなたは私のことを忘れてしまったのだと思っていたわ。こんなこわい屋根裏によくがまんして住んでいられるわね」
「ここが他の場所のつもりになれば、がまんできるものよ」 と、セーラは言いました。彼女の想像力は、苦労が始まって以来、はじめて働きだしたのです。「私はバスティーユ監獄の中の囚人のつもりになっているの」 と、彼女は言いました。「私は何年間もここに閉じこめられていて、だれも私のことを覚えていないの。ミンチン先生が牢番で、ベッキー──ベッキーが隣の独房の囚人なの。私は1匹のネズミと友だちになって、それにパンくずをあげるのよ」
彼女は、昔のセーラのように目をかがやかして、アーメンガードの方を振り向きました。「私は“つもり”になるわ。そうすれば、うんと慰めになるもの」

〈大家族〉

 セーラはアーメンガードに屋根からの眺めを見せました。隣の家の屋根裏には人が住んでいませんでした。「あそこにだれかが住んでくれればいいと思うわ」 と、セーラは願うように言いました。
やさしい顔つきのお母さんと、陽気なお父さんと、何人かの子どもたちという大家族の住んでいる家が近くにありました。ある日、子どもたちのうちの1人がみすぼらしい服と帽子を身につけて歩道に立っているセーラの姿を見ました。彼女はお腹がすいているように見えました。彼がポケットをさぐると、6ペンス銀貨がありました。「お嬢さん、これをあげるよ」
と、彼は言いました。「何か食べものを買うといいよ」
セーラは、むかし暮し向きの良かったころ、歩道に立っているのをよく見た、かわいそうな乞食そっくりに自分が見えたのだとわかって、ショックを受けました。
大家族のお母さんが言いました 「ドナルド、おまえはなぜあの少女にお金をあげたの? 彼女はたしかに乞食じゃないと思うわ。彼女は怒らなかった?」
「怒らなかったよ。やさしい坊ちゃんだことって言ったよ」
「乞食ならそんなふうに言わないわ」 と、お母さんはいぶかしそうに言いました。

 そのようなことがあってから、大家族はセーラに関心を持ちました、そして彼女がお使いに出かけるのを眺めました。彼らはセーラを 「乞食でない小さな少女」 と呼びました。

 あるとき、セーラはまた幸運に出会いました。彼女は6ペンス銀貨がぬかるみの中に落ちているのをみつけたのです。彼女はすぐ近くのパン屋さんへ行って、だれか落した人がいなかったかと聞きました、すると、パン屋のおばさんは、親切に焼きたてのパンを6個くれました。セーラはお腹がすいていましたが、彼女は軒下にかわいそうな少女がいるのに気づきました、そして、その子にパンを5つあげてしまいました。「王女さまならそうすると思うわ」 と、彼女はひとりごとを言いました。

〈インドの紳士〉

 ある日、隣の空家に荷馬車が着きました。セーラは、男の人たちが東洋風のじゅうたんや、彫刻した家具や、刺しゅうした壁かけや、仏像などを運びこむのを見物していました。「あの家のだれかがインドに住んでいたのにちがいないわ」 と、彼女は思いました。
大家族のお父さんが世話をしているらしく、男たちに指図をしていました。
ベッキーが台所からあがってきました。「インドの紳士ですよ」 と、彼女は興奮して言いました。「たいへんなお金持だそうですわ、でも、病気で、大家族の家の紳士が彼の弁護士なんですって」

 翌日、インドの紳士が、看護婦とターバンを巻いた2人の男の召使を連れて、到着しました。彼はほんとうはインドの紳士ではなくて、インドに住んでいたキャリスフォードという名のイギリス人でした。ミンチン先生の家の召使たちが、彼について何もかも聞いてきました。
「彼は財産を全部失って、そのショックで熱病にかかったのさ」 と、彼らは言いました。「しかし、今では全部返ってきたのだとさ──なにか鉱山に関係あるらしいよ」
「パパに起ったことと同じみたい」 と、セーラは悲しげに言いました。

 ある晩、セーラは屋根の上のピンクと金色の夕日を眺めていました、すると、隣の屋根裏からキイキイ鳴く声が間えました。見ると、雪のように白いターバンを頭に巻いた、目のキラキラした黒い顔の人が外を眺めているのでした。それはインド人の召使で、窓際に立って、キャッキャッと鳴く子猿をかえていました。
セーラがにっこりすると、彼もにっこりし、猿をはなしてしまいました。
猿は屋根の上を走ってきて、セーラの肩の上にとび乗りました。

 セーラはヒンズー語 (インドの言葉) で話しかけました。「猿を連れにこっちへ来られますか」
ラム・ダスは自分の国の言葉が話されるのを聞いてびっくりし、また、大喜びでした。彼はセーラを“お嬢さま”と呼びました、そして彼女の父の召使が昔そうしていたように、礼儀正しく、またていねいに話しました。
それから、彼は屋根をつたってきた猿をつかまえ、セーラにインド風のお辞儀をしました。「病気のご主人はこの生意気な猿をかわいがっておいでです、笑わせてくれますからね」 と、彼は話してくれました。
彼が行ってしまったあと、セーラは前よりいくらか気持が明るくなりました。「私は心の中では、また王女さまでいられるわ」 と、彼女は思いました。「ちょうど、牢獄の中のマリー・アントワネットのように」
ラム・ダスは家にもどってご主人であるキャリスフォードさんに、寒いむき出しの屋根裏にいる、かわいい召使のことを話しました。「その子はまるで身分の高い子どものような話し方をしました」 と、彼は不思議がって言いました。
キャリスフォードさんは書斎にすわって、大家族のお父さんのカーマイケルさんと話していました。
「私たちはここにのうのうとすわっている」 と、彼は叫びました 「一方では、 がわいそうな子どもたちが、みじめに暮しているのだ。クルー大尉の娘はどうしているだろう。彼女があんなふうに苦労しないでいてくれたらなあ、私は彼女に渡す父親の遺産を持っているのだから」

 「彼女の父親が、ダイヤモンド鉱山が結局は成功したことを知っておられたら」 と、彼の弁護士の友人が言いました。
「彼女はパリの学校にいるかもしれない」 と、キャリスフガードさんが希望をもって言いました。「彼女の母親はフランス人だった。たぶんもうすぐその子のことがわかるだろう」
2人の紳士は自分たちがそんなに長い間さがし求めている子どもが、壁の向う側にいるのだとは想像もつきませんでした。

〈魔法〉

 セーラとベッキーは翌日の夜、寒さと空腹でへとへとになって、屋根裏へもどってきました。料理番の機嫌が悪くて、夕食を食べさせてくれなかったのです。アーメンガードはそれを聞くと、叔母さんが送ってくれたケーキや果物やキャンデーを持ってきてくれました。セーラはテーブルの上に古いショールをひろげ、はみがき用のコップをとり出しました。(セーラはカップを持っていなかったのです) それから彼女は、火に見えるように炉に紙を燃やしました。
彼女の目は昔のように輝いていました。彼は外の寒い通りを忘れました。
「これは魔法のごちそうよ」 と、彼女は言いました。

 しかし、ちょうどそのとき、階段をあがる重い足音が聞えました。ミンチン先生にみつかったのです。ラビニヤの告げ口でした。先生はごちそうを片づけ、ベッキーを隣の部屋に追いやりました。セーラはじっとミンチン先生をみつめました。
「なんでおまえはそんなふうに私を見るのかい?」 と、ミンチン先生はたずねました。
「私はただ、私が今夜いる場所をお父さまが知ったら、なんとおっしゃるだろうと思っていただけです」 と、セーラは言いました。
「失礼な性の悪い子だね」 ミンチン先生は金切り声をあげました、そしてアーメンガードを先に立てて、階段をドシンドシンとおりていきました。

 セーラは固く冷たいベッドにもぐりこんで、今起ったことをがまんしようとしました。「暖炉に火がたくさんあかあかと燃えているつもりになろう」 と、彼女は思いました……それから彼女は眠りに落ちました。「つもりになろう」 と、つぶやきながら。
彼女が眠っている間に2つの黒い影が入ってきて、音を立てずに部屋の中を動きまわりました。
セーラは目を覚したとき、まだ夢を見ているのかと思いました。彼女には暖かい毛布がかかっていました。暖炉の火はほんとうにあかあと燃えていましたし、部屋の中にはバラ色のランプがともっていました。テーブルには白い布がかけられ、ごちそうが並んでいました。着心地のよさそうな部屋着とスリッパもおいてありました。それは彼女の夢の中の部屋そのものでした。
テーブルの上には手紙があり 「屋根裏のかわいいお嬢さんへ 友だちより」 と書いてありました。

 べッキーが目を覚すと、昔のとおりのセーラ王女さまが、ぜいたくな真赤なガウンを着て立っていました。
「おお、ベッキー、来てちょうだい」 と、彼女は声をあげました。「魔法なのよ」

〈訪問者〉

 次の日、セーラあての小包が届きました。それには暖かそうな服と、靴と、ドレスがたくさんに、美しいコートが一着はいっていました。
ミンチン先生は心配になりました。お金持の親類が、セーラがどんな扱いを受けているのかみつけ出したのかしらと、彼女は思いました。ミンチン先生はそのことについてしばらく考えてから、セーラがクラスにもどって、他の少女たちと授業を受けるのを許しました。
「おどろいたわ」 と、ジェシーが言いました。「セーラ王女さまを見てごらん。だれかが、あの子に大きな財産を残したのにちがいないわ」

 「それをしてくださった方にお礼が言えればなあ」 と、セーラは思いました。
その夜、例の子猿が寒さにふるえ、おびえた様子で屋根裏部屋の窓のところにやってきました。「私のところに入っていらっしゃいよ、お猿さん」
と、セーラは言いました。「朝になったら、インドの紳士のところに連れていってあげるわよ」

〈壁の向う側〉

 次の日、キャリスフォードさんは、悲しい思いで書斎にすわっていました。パリではクルー大尉の娘の消息は得られなかったのです。大家族のお母さんが、彼を元気づけるために、子どもたちを連れていきました。
「お母さんはキャリスフォードさんに“乞食でない小さな少女”のことを話したの?」 と、ドナルドが言いました。「ぼくが6ペンス銀貨をあげた子のことさ」
ちょうどそのとき、ラム・ダスが入ってきました。「だんなさま」 と、彼は言いました 「私がお話しした子どもが来ております。お会いになりますか」
セーラが、キャッキャッとさわぐ猿をかかえて入ってきました。「お猿さんをラム・ダスに渡しましょうか」 と、彼女はたずね、ラム・ダスにヒンズー語で話しかけました。
「どうしてヒンズー語を知っているのかね」 と、キャリスフォードさんはおどろいてたずねました。
「私はインドで生れて、この学校へ入れられたのです、しかしお父さまが亡くなって、一文なしになってしまいました。それで今は召使なのです」
「お父さんはどうして一文なしになったんだい?」
「お友だちを信用しすぎたからですわ」

 キャリスフォードさんはドキッとしたようでした。「お父さんの名前は?」
「ラルフ・クルーです。父はインドで亡くなりました」
「カーマイケル君……」 と、キャリスフォードさんはあえぎあえぎ言いました。「この子がさがしていた子どもだ」
「さがしていた子ですって?」 と、セーラは当惑して言いました。
「キャリスフォードさんは、あなたのお父さまの友人でした」 と、カーマイケルさんが説明しました。「私たちは、2年間もあなたをさがし続けていたのです」
「その間じゅうずっと、私は隣の家にいたのね」 と、セーラは言いました。
「壁の向う側に」

  セーラはキャリスフォードさんの病気がどんなに重かったか、また、彼がどんなに一所懸命彼女をさがしたか、また、彼とラム・ダスがどんなふうに屋根裏部屋の魔法を作りだしたのかを聞いて、キャリスフォードさんを許しました。
今や“お嬢さま” がいっしょに住むことになったので、キャリスフォードさんの病気はずっとよくなったように見えました。ラム・ダスと猿も幸せでした。
幸せでないのはミンチン先生だけでした。アメリア先生までも彼女に反抗し、親たちのなかには子どもを転校させる人もでてきました。

 ベッキーはセーラといっしょに住むことになりました。ラム・ダスが彼女にそう告げるために、屋根裏へ行きました、彼がそこへ行くのもそれが最後でした。ベッキーにはその話がほとんど信じられないくらいでした。
ある日、セーラとキャリスフォードさんはパン屋さんを訪問しました。例の小さな乞食の少女が、こざっぱりした身なりをし、食事もちゃんととっている様子で、店に立ちパンを売っていました。パン屋のおばさんは、店と台所の手助けをしてもらおうと、その子を引きとっていたのです。
「あの子にお金をあげてくださいな」 と、セーラはキャリスフォードさんに言いました 「ひもじい子どもたちにパンをあげられるように。あの子もひもじいことがどんなことか知っているのですから」
小さな少女は、セーラが店を出て、馬車に乗っていくのを見送りました。
「彼女は小さな王女さまそっくりだわ」 と、彼女は言いました。


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