レディバードブックス100点セット
 

 

黒馬物語

〈子馬のころの家〉

 私が思い出せることのできる最初の場所は、大きな気持のよい牧草地でした。はじめは、お母さんのお乳を飲んで育ちました。しかし、私が草を食べることができるようになると.彼女は外に働きにでていかなくてはなりませんでした、そして夕方、家にもどってきました。
牧草地には、私のほかに6頭の子馬がいました。彼らはときどきかんだりけったりしましたが、私たちは駆け足で走りまわって楽しく過しました。
ある日、お母さんは、こちらへいらっしゃいといななきました。それから、彼女は言いました 「ここにいる子馬たちはたいへん良い子馬だけど、彼らは荷馬車をひく馬なの、だからもちろん行儀作法を習ってないのよ。
私はおまえに優しく丈夫な馬に育って、悪いくせをつけないようにしてほしいの。できるかぎりりっぱに自分の仕事をやりなさい、そして、遊びのなかでも、かんだりけったりしてはいけません」

 私のお母さんは賢い年とった馬でした、そして、私は決して彼女の忠告を忘れませんでした。彼女の名前はダッチェス(侯爵夫人) といいましたが、私たちのご主人は、彼女をしばしはペット(お気に入り) と呼んでいました。

〈私の調教〉

私は成長するにつれて、美しい馬になりました。1本の足が白く、ひたいにはきれいな白い星じるしがありました。私の黒い毛皮はりっぱで柔らかでした。
私が4歳になると、地主のゴードンさんが私を見にきました。彼は私が気に入ったようでした、そして言いました 「この馬は調教されれば、りっぱな馬になるだろう」 私のご主人は、私がこわがったり、傷ついたりしないように、ご主人みずから私を調教すると言いました。
調教とは、馬に鞍をおいたり手綱をつけることや、人を背中に乗せて安全に運ぶことをしつけることです。馬はまだ、御者の指図どおりに、速くあるいはゆっくりと客車や荷車を引くことを学ばなければなりません。また、かんだりけったり、何かを見て跳びあがったりしないことも学ばなければなりません。
私のご主人のような良い先生といっしょでも、それは時間のかかる仕事でした、しかし、とうとうそれも終りました。
次にはてい鉄でした。それはこわいことでしたが、かじ屋さんは、てい鉄を釘でひづめに打ちこむときでも、私を傷つけませんでした。その後、私は足がこわばって重くなったような気がしましたが、やがてそれにも慣れました。
今や私が家を出る準備ができたので、お母さんは私に言いました 「いいご主人に当たるといいね、自分がだれに買われるのか、また、だれに乗られるのか、馬にはわからないのよ。私たちのご主人のように、親切で考え深い人もいれば、残酷な人もいます。どんなことが起っても、最善をつくし、自分の名をけがさないようにしなければいけませんよ」

〈バートウィック・パーク〉

 5月のはじめに、地主のゴードンさんのところから、1人の男が私を彼の邸に連れていくためにやってきました。お邸で私は、4つのりっぱな馬房があり、中庭に面して自在戸がある大きなうまやに連れていかれました。
私のとなりの馬房には、子どもたちがよく乗るメリーレッグス(陽気な足) と呼ばれる小馬がいました。彼はみんなのお気に入りでした、そして、私たちはすぐに大の仲良しになりました。
ジェイムズ・ハワードという名前の馬丁の少年がいました、また、御者の名前はジョン・マンリーといいました。彼には妻と1人の小さな子どもがおり、うまやのすぐ近くの御者の小舎にすんでいました。
翌日、新しいご主人が私に試乗できるように、彼は私をご主人のところへ連れていきました。私には、地主のゴードンさんはたいへん上手な乗り手で、馬たちに親切でもあることがわかりました。私たちが家に帰ったとき、彼の奥さんが私たちを迎えに、玄関口に出ていました。

 「ねえ、あなた」 彼女は言いました 「この馬はいかが?」
「なかなかいい根性をしているよ」 彼は答えました。「この馬を何と呼ぼうか」
彼女は私を見上げました。「彼はほんとうに美しいわ、かわいくて、優しい顔をしているし、利口そうな目をしているわ──“ブラック・ビューティ”という名はどうかしら」
「ブラック・ビューティ──いいね、そう名づけよう」 それが私の名前になりました。

〈ジンジャー(しょうが)〉

 私たちの馬小屋に、ジンジャーという名の栗毛のめす馬がいました。彼女はどちらかというと、怒りっぽかったのですが、私たちはすっかり仲良しになりました。ときどき、私たちは2頭立てで出かけました、そんなとき、私たちはお互いにおしゃべりしました。彼女は私の子どものころの生活について知りたがっていたので、私は話して聞かせました。
それから、彼女は自分の生活について話してくれました、それは私とはまるでちがったものでした。ジンジャーに親切にしてくれた人はだれもいなかったのです。
彼女は調教を終えると、2頭立て馬車をひく1頭として、ロンドンの上流社会の紳士の家へ連れていかれました。「そこで私は支頭手綱をつけて走らされたの」 と、彼女は言いました「私はそれがほんとうにいやだったわ。私は頭をぐいとあげ、どの馬よりも高くかかげているのは好きだけど。でも、考えてもごらんなさい、何時間も何時間も頭を上げたままでいなければならないとしたら、どう? 支頭手綱をつけられると、そういうことになるのよ」
「私はだんだん怒りっぽくなってきたわ。ある日、あの人たちがその手綱で私の頭を引っぱったとき、私は全力で体を低くしたり、けったりしはじめたの。それで、そこから暇をだされてしまったの。私は売られて、また田舎にもどってきたんだけどね。あーあ、新しい家の馬丁が乱暴だったので、私は彼をかんでしまったの。私はまた売られて、あなたが来る少し前にここにやってきたのよ。もちろんここはずっと良いところだけど、いつまでいられることやら」
それでわかるように、ジンジャーが必要としていたのは、親切にされることだったのです。彼女の怒りっぽさは徐々に消えて、すっかりおだやかになり、パートウィック・パークで幸せになりました。

〈嵐の日〉

 晩秋のある日、私のご主人とジョンは仕事で長い旅をしなければならなくなりました。私は1頭立ての二輪馬車につけられました、私はそれが大好きでした。
私たちは低い木の橋に着くまで、楽しく走りました。川の土手はだいぶ高いものでした、橋はまん中が高くなっていないで、まっすぐ水平にかかっていました。ですから、もし川があふれると、川の水が橋げたの上まであがってくることになります。
ご主人は、橋を渡る前に料金所で渡り賃を払わなければなりませんでした。橋番は、川の水かさが急速に増していて、今夜は荒れそうだと言いました。
私たちは午後遅くなって帰宅の途につきました。そのときには、もう風が烈しく吹いていて、大木がすさまじい音を立てて道ばたに倒れました。
私は、ご主人がジョンに、こんな嵐の日に外出したことはないと話しているのを聞きました。

 私たちが橋に着くころにはほとんど暗くなっていました。水が橋のなかほどの上を流れているのが見えました、しかし、水位が高いときには、そんなことがときどき起るので、ご主人は止まりませんでした。私たちはそのままの調子でわたろうとしましたが、私は足が橋の最初の部分に触れたとき、どこかおかしいことがわかりました。私は先に進もうとはせず、ぴたっと止まってしまいました。
「ご主人さま、何か様子が変です」 と、ジョンが言いました。彼は二輪馬車からおりて、私を前進させようとしました 「さあ行こう、ビューティ、どうしたんだ」

 ちょうどそのとき、向う岸の橋番の男がたいまつを振り、あらんかぎりの声で叫びながら家から走り出てきました。
「どうしたのだ」 と、ご主人が叫びました。
「橋がまん中でこわれて、一部分が流されてしまったんだ。渡れないよ」
「助かった」 と、ご主人は言いました。
「おお、ビューティ」 と、ジョンは言い、手綱をとって、静かに川沿いの右手の道へ私を向けました。次の橋は川のはるか上流にあって、私たちは長い道のりを歩かなければなりませんでした。
やっと、私たちはお邸にもどりました。私たちが近づくと、奥さんが 「あなた、ほんとうにご無事なの。どんなに心配したことか。事故があったの?」 と言いながら、家から走り出てきました。
「大丈夫だよ、おまえ。しかし、ビューティが私たちより利口でなかったら、私たちはみんな木の橋の上で流されてしまっただろうよ」 それから、ジョンは私を馬小屋へ連れていきました。その夜、彼がくれた夕食はなんとおいしかったことでしょう──おいしいフスマ入りの飼料、からす麦とつぶした豆をまぜたものなど──さらに麦わらをあつく敷いた寝床。私は疲れていたので、それはたいへんうれしいものでした。

〈火事〉

 ご主人と奥さまは、ある日、46マイルほど離れたところに住んでいる友人たちを訪ねることになりました。少年馬丁のジェイムズ・ハワードが馬を御していくことになりました。彼はもう少し良い仕事につくために、まもなくここを去ることになっていました、そこで馬の御し方を練習する必要があったのです。最初の日、私たちは32マイル進みました。長くつらい坂がありましたが、ジェイムズはたいそう注意深く、また考え深く御してくれたので、ジンジャーと私は少しもたいへんではありませんでした。
日が沈むころ、私たちはその夜泊る予定の町に着きました。私たちは市場の中にある大きなホテルに泊りました。私たちはアーチ道を進んで、長い中庭に入りました、2人の馬丁がやってきて、長い馬頭へ私たちを連れていきました。
その夜遅くなってから、旅人の馬が、1人の馬丁に連れられて入ってきました。馬丁が旅人の馬の手入れをしていると、パイプをくわえた若い男がうわさ話をしに、馬小屋に入ってきました。
「ねえ、タウラ」 と、馬丁は言いました 「ちょっとその梯子をのぼって、2階の物置から乾草を少し、このかいば桶に移してくれないか。まず、パイプをはなせよ」

 「いいとも」 と、男は言いました。ほんの少しすると、彼が頭の上の床を歩き、乾草をおろすのが聞えました。それからジェイムズが寝る前の最後の見まわりにやってきました。彼が行ってしまうと、ドアに鍵がかけられ、私たちだけになりました。

 夜、何時ごろだったかわかりませんが、私はたいへん気持が悪くなって目を覚ましました。馬小屋には煙が立ちこめているようで、私は息ができないほどでした。
ジンジャーがせきをするのが聞え、他の馬たちも落ち着かないようでした。端綱を引っぱるのもいましたし、足をふみならすのもいました。
私は聞き耳を立てました、すると、やわらかなサワサワという音が聞え、低いパチパチという音も聞こえました。その音には何かたいへん妙なものがあり、私は体じゅうがふるえてきました。
やっと、ディック・タウラーがカンテラを持って馬小屋にかけこんできて、馬を外に連れ出そうと綱をときはじめました。
彼は自分でも、とてもおびえているようで、その様子に私たちもおびえてしまい、どの馬も彼といっしょに行こうとはしませんでした。彼は損番に私たちを連れ出そうとしましたが、とうとう馬小屋を出ていってしまいました。
壁に赤いチラチラする光が見え、ほえるような音が問えました。それから、外で 「火事だ」という叫びがあがりました。
次に聞えたのは、ジェイムズの声でした、それはいつものように静かで快活な声でした。「さあ行こう、ビューティ、すぐここから出よう」

 彼は首からスカーフを出して、私の目をすっかりかくしました、そしてなでたり、なだめたりして、私を馬小屋の外へ連れ出しました。中庭に無事に着くと、彼は私の目かくしをとって叫びました 「ここだ、だれか。他の馬を連れにいっている間、この馬を頼む」
背が高く、がっしりした男が歩みよってきて、私をつかまえました、するとジェイムズは、また馬小屋へとかけもどっていきました。私は彼がかけていくのを見て、かん高くいななきました。

 ジンジャーは後になって、私がいなないてくれて、ほんとうによかったと言いました。外にいる私の声を聞かなかったら、彼女は外に出る勇気を持てなかったことでしょう。
馬たちがほかの馬小屋からも連れてこられたので、中庭は大混乱でした。
私は馬小屋のドアにじっと目を向けていました、すぐそこからは煙が前よりもこく流れ出し、チラチラする赤い光が見えました。
次の瞬間、私は大きな喜びの声をあげました──ジンジャーを連れて、ジェイムズが煙の中から出てきたのです。彼女はひどくせきこんでおり、ジェイムズは口をきくことができませんでした。突然、全速力で走る足音と、車輪がゴロゴロ鳴る大きな音がしました。2頭の馬が重い消防ポンプを引いて中庭にかけこんできました、そして消防士がとび下りました。どこが火事なのかたずねる必要はありませんでした──屋根から大きな火の手があがっていたのです。
翌日は、だれもがどうして出火したのだろうと不思議がっていました。
やっと馬丁が、ディック・タウラーが馬小屋にはいってきたときパイプをふかしていたことを思い出しました。ディックはパイプを下に置いたと言いましたが、だれも彼の言うことを信じませんでした。パートウィック・パークでは、馬小屋でパイプを吸うことは禁止されていました。そして私も、どこでもそういう規則にすべきだと思いました。

〈ジョー・グリーン〉

 その恐ろしい夜の後、パートウィック・パークにもどれたのは、うれしいことでした。ジョンも、私たちに会えて喜びました、そして火事の際のジェイムズの勇気ある行動をおおいにほめました。
彼とジェイムズが寝にいく前に、ジェイムズが聞きました 「だれが私のかわりにくるのですか」
「門番小屋のジョー・グリーンだよ」 と、ジョンが言いました。「彼は小さいが、すばしこくて、熱心で、気立てもいいんだ」
翌日、ジョーは、ジェイムズがここを出る前にできるだけ習っておこうと、馬小屋にやってきました。彼は馬小屋を掃除し、新しい麦わらや乾草を運びこむことを習いました。彼は馬具をみがきはじめ、馬車を洗う手伝いをしました。彼は小さすぎて、ジンジャーや私の手入れをすることができないので、ジェイムズはメリーレッグスを使って教えました。ジョーはなかなかいい人で、いつも口笛を吹き吹き仕事にやってきました。
メリーレッグスは、彼のいわゆる 「何も知らない少年に不器用に取り扱われること」 がたいへん迷惑だと思っていました。しかし、2週目の終りころには、少年はきっとうまくなると思うと、そっと私に言いました。
とうとう、ジェイムズが私たちのところから出ていく日がきました。彼には、それがそんなにうれしいことではないようでした、というのは、その朝、彼はすっかりふさぎこんでいるように見えたからです。
ジョンは彼を元気づけようとしましたが、みんなジェイムズが行ってしまうのを悲しんでいたのです。

〈医者を迎えに〉

 ジェイムズが行ってしまってからまもなく、私は夜中に突然目覚めさせられました、馬小屋のベルが大きく鳴ったのです。
すると、ジョンが入ってきて言いました 「起きろ、.ビューティ、さあ、できるだけ急いでいこう。奥さまが病気なので、お医者さんを呼びにいくんだ」
私たちは風のように走りました、そしてホワイト先生の家に着いたとき、教会の時計が3時を打ちました。ジョンは、ドアをカミナリのようにたたきました。窓が開いて、ホワイト先生が顔を出して言いました 「何か用かね」
「ゴードン夫人が重病なのです、先生。ご主人が、あなたにすぐに来てくださいと言っています、先生が来られないと、奥さんは死んでしまうだろうとご主人は言っています」
ホワイト先生はすぐ戸□に出てきました。「具合の悪いことに」 と、彼は言いました 「私の馬は1日じゅうかけあるいたので、すっかりまいってしまったのだ。どうしたらいいだろう。きみの馬を貸してくれるかね」
「先生、この馬はここまでずっと全速力でかけてきたのです、しかし、先生がそれをいいとお考えなら、ご主人も反対なさらないでしょう」
「そうしよう」 と、先生は言いました。「すぐ支度をしてくる」

 帰り道は長く感じられました、しかし、私は最善をつくしました。
家に帰り着いて、ほんとうにほっとしました。私は足がふるえ、ただ立ってあえぐのがやっとでした。体じゅうの毛がびしょぬれで、汗が足を流れ落ち、全身から湯気が立ちのぼっていました。

 それから数日間、私は重態でした、獣医のボンド氏が毎日やってきました。ジョンは夜中に2、3回起きて、私の様子を見にきてくれました。ご主人も様子を何度も見にきてくれました。「かわいそうなビューティ」 と、彼はある日言いました。「おまえは奥さんの命を救ってくれたのだ」 私はそれを聞いてたいへんうれしくなりました、ホワイト先生が来るのにもう少し時間がかかったら、奥さんは手遅れだったろうと、言われたようでした。
私がどのくらいの間病気だったかは、私にはわかりません、しかし、自分でも死ぬだろうと思いましたし、家の人たちもそう思っただろうと信じています。

〈別れ〉

 私がまた丈夫になったとき、悲しい変化が起ろうとしていました。私たちはときおり、奥さんが病気だと聞かされました。それから、私たちは彼女が2、3年暖かい国へ行かなければならないのだとも聞きました。ご主人はイギリスを離れる準備をすぐに始めました。

 私たちはその話が馬小屋で話されるのをよく耳にしました。実際、他のことが話されることはなかったほどでした。ジョンは黙ったまま、悲しげに仕事に精を出しました、ジョーもめったに口笛を吹かなくなりました。
とうとう、私たちがご主人と奥さんを駅まで乗せていく日になりました。
汽車が出ていくと、ジョンがもどってきました。「私たちは二度と奥さまにお会いできないだろう。決してお会いできないだろう」 と、彼は言いました。彼は手綱をとり、御者席に乗って、ジョーといっしょにゆっくりと家に帰りました──しかし、それ以後、家は私たちの家ではなくなってしまうのでした。

〈伯爵の屋敷〉

 翌朝、ジョーはメリーレッグスを牧師館へ連れていきました、彼は牧師さんにもらわれたのです。それから、ジョンはジンジャーと私を伯爵の邸に連れていきました、私たちはそこに住むことになったのです。
ヨークさんは、そこでの私たちの新しい御者頭でした。彼は馬丁を呼んで、私たちを明るい風通しのよい馬小屋へ連れていかせました。やがて、ジョンとヨークさんが私たちを見にきました。

 ジョンは言いました 「この馬たちには、どちらにも支頭手綱を使ったことがないということを申し上げておきたいのですが」
「そうか」 と、ヨークさんが言いました 「ここにやってきたのなら、支頭手綱をつけなくてはな。ここの奥さまは堂々とした様子がお好きだから、馬車の馬は手綱をぴんとはらなきやならないのだ」
それからジョンは私たちのところへやってきて、お別れに私たちをなでたり、話しかけたりしてくれました。彼の声はたいそう悲しげでした。私はその後、彼に会ったことはありません。
次の日の午後、私たちは夫人の遠乗りのお伴をすることになりました。
彼女は出てくると言いました 「ヨーク、この馬たちの頭をもっと高くしなければだめじゃない──見られた様子じゃないわ」 ヨークはおりて、支頭手綱をひと穴短くしました、そして私は今まで聞いていたことがどんなことかわかってきました。坂をのぼるのがずっとつらくなりました。
日がたつにつれて、支頭手綱はほんとうに短くなりました。私はたいへん不幸せでした、しかし、ジンジャーはそれをほんとうに憎んでいました。
ある恐ろしい日がやってきました、ジンジャーがヨークの帽子をけとばし、うしろ足で立って大暴れし、とうとう倒れてしまったのです。

 こののち、ジンジャーは狩猟馬として使われ、ふたたび馬車につけられることはありませんでした。
私の新しい相棒はマックスといいましたが、私たちは、まだきつい手綱に悩まされました。前の邸では、ジョンもご主人も私の友だちだということが、いつも私にはわかっていました。ここ、伯爵の屋敷では、待遇はよかったけれど友だちはいませんでした。ヨークはあの手綱のことで助けようとしてはくれませんでした。時はすぎていきました、私は疲れて、元気がなくなり、仕事がいやでたまらなくなりました。しかし悲しいことに、はるかに悪いことが起ろうとしていました。

〈ルーベン・スミスの落馬〉

 ご主人とその家族は春になってロンドンへ行くとき、彼らはルーベン・スミスに、後に残る馬たちの世話をまかせました。彼はたいへんよい人でした──たいていのときには。しかし彼にはひとつ重大な欠点がありました──それは酒好きなことでした、もっとも、二度と飲まないと約束はしていましたが。
まもなくご家族が帰ってくるというころ、スミスは町へ行かなければならなくなり、その旅に私を選びました。行きには、彼はいつもの分別のある人でした。
しかし、彼は町で飲みはじめ、私たちがもどり出したのは夜遅くなってからでした。突然、彼は全速力で走らせはじめました、それもだんだん激しく。私がすでに全速力で駆けているのに、彼はさらに私にむちを当てました。私のてい鉄はゆるんでいました、そして全速力で走ったため、それがさらにゆるんできました。てい鉄がとれて、私はつまずき、両膝をついて倒れてしまいました。スミスは私が倒れたために投げ出され、少し離れたところでうめいていました。しばらくすると、彼のうめき声はやんで、体も動かなくなりました。

 はじめのうちは、ルーベン・スミスが死んだのは、私のせいだと思われました。しかし、私のひづめが傷ついているのが発見され、スミスがまた飲んでいたにちがいないと、みんなが思いました。後になって、彼が町を出るときには酔っぱらっていたという人が何人かでてきました。

私の足が多少よくなるとすぐに、私は1、2か月の間、小さな牧場へやらされました。ジンジャーもそこにいたので、私たちは再会を喜びました。
彼女は激しく走らされたので体をこわし、休ませれば良くなるかどうか、人びとが様子をみているところだと言いました。私たちはもうかつての私たちではなくなってしまったことを感じました。
ある日、伯爵が牧場へやってきました、ヨークがいっしょでした。伯爵は私たちを調べて腹を立てたようでした。「私がもっともしゃくにさわることは」 と、彼は言いました 「私の古い友人から、私のところで大事にしてもらえるだろうと見こまれて、ゆずり受けたこの馬たちをだめにしてしまったことだ。黒い馬は売らなければならないだろう。膝がこんなになってしまったのを、私のうまやに置いておくことはできないからな。どこかにいい買手はいないか調べてくれ」
そして、約1週間の後、ある貸馬車の主人に売られて、私は伯爵の屋敷を去りました。私は貸馬、すなわち、私に乗りたい人にはだれにでも貸し出される馬になったのです。

〈貸馬としての生活〉

 私を借りたいと思う人びとのなかには、まるで乗り方を知らない人もいました。私は気立てがよくおとなしかったので、下手な乗り手に貸し出されることが、他の馬よりも数多くあったと思います、なにしろ頼りになる馬でしたから。
もちろん上手な乗り手に出くわすことも、ときにはありました。ある朝、私は軽い二輪車をつけられて、パルトニー街のある家に連れていかれました。2人の紳士が出てきました。背の高い方の紳士が手綱をとりました、彼がどんなに物静かに私の向きを変えさせたか、今でも私は思い出すことができるほどです。それから手綱を軽く動かし、背中に優しくむちを当てて、私たちは出発しました。

 私は首を弓なりにそらし、最良のベースで走り出しました、良い馬をどのように御したらよいかを知った人が私のうしろにいたからです。まるで昔がもどってきたかのようでした。
この紳士は私をたいへん気に入ってくれました、そして結局、乗馬用に安全で気立てのよい馬をほしがっていた彼の友人に買われたのです。
それでその夏、私はバリィさんに売られ、また新しい主人を持つことになりました。
はじめのうちは、これはよい変化と思われました。私の馬丁はフィルチャーという男でした。

 彼はホテル専属の馬丁だったことがありましたが、今は市場に出す果物や野菜を栽培していました。彼の妻は、売るためにニワトリとウサギを飼育していました。
フィルチャーは馬小屋を清潔に、また風通しよくしてくれ、また私を十分に手入れしてくれました。彼はいつも優しく、たしかに自分の仕事をよく知っていました。
私が最初にそこに行ったとき、ご主人が、えさには最上の乾草に、えん麦と豆と、マグサといっしょにしたフスマを混ぜ、フィルチャーが必要だと思うだけ食べさせなさいと命令するのを聞きました。ぜいたくな暮しができるのです。
しかし、しばらくすると、私は当然与えられるはずの量よりも、ずっと少ない量のえんばくしか食べられなくなったことに気づきました。私は疲れて、みじめになりました。
バリィさんの友人の農夫が、ある日このことに気づきました。彼は私をさらに注意深く調べました。それで彼はご主人に言いました 「君が買ったえん麦をだれが手に入れたか私にはわからないが、この馬でないのはたしかだ。君の馬小屋でどんなことが起っているかたしかめた方がいいと思うよ。だれか悪い奴がいて、卑劣にも、ものが言えない動物から食物を奪っているんだ」
バリィさんはこの忠告を聞き入れ、警察は私のえん麦がフィルチャーの妻のウサギに与えられていたことをつきとめました。もし私が口をきけたならば、ご主人にそのことを言うことができたでしょうに。私は、フィルチャーの家の小さな男の子が、毎朝父が盗んだえん麦を集めにくるのを見ていたのです。
フィルチャーは2か月間牢屋に入れられました、そして、2、3日じゅうに新しい馬丁が来ました。

〈おべっか使い〉

 アルフレッド・スマークは背の高いかっこうのいい男でした。しかし、かりに馬丁の姿をしたおべっか使いがいるとしたら、彼がまさにそうでした。彼は私をたいへんていねいに扱い、虐待することは決してありませんでした。事実、彼の主人が見にきているときには、彼はさかんに私をなでたりこすったりしました。
彼は自分のことをたいへん男前だと思っていました、そして馬具を入れてある部屋の小さな鏡の前で、多くの時間を費やすのでした。
だれもが彼のことをたいへんりっぱな若者だと思っていました、しかし私に言わせれば、彼ほど怠けもので、うぬぼれの強い男には出会ったこともないほどでした。

 もちろん、虐待されないことはありがたいことでしたが、馬にはもっといろいろなことが必要なのです。私は放し飼いのうまやに入っていました、もしスマークが怠け者でなくて、うまやをきれいにし、湿った麦わらを取りかえてくれたら、私はとても快適に過せたことでしょう。そして、私の足をきれいにしたり、てい鉄の様子を見たり、私をきちんと手入れしたりするという点に関しては、彼はぜんぜん何もしてくれませんでした。ほとんど1日じゅう湿った麦わらの上に立っていたので、私の足は弱くなってしまいました。ある日の午後、2回も私がつまずいたので、ご主人はどこが悪いか見てもらうために、私を獣医のところへ連れていきました。
「あなたの馬は蹄叉 腐乱にかかっています、それもひどく」と、獣医は言いました。「彼の足はたいへんもろくなっています。この病気は、敷わらをきれいに掃き出さない汚れた馬小屋で起ります。この足がちゃんとなおるには時間がかかりますよ」
彼は私のひづめをひとつずつきれいにし、治療してくれました、それから、私の馬房から毎日毎日敷わらを取り出して、4床をきれいにしておくようにと彼は命じました。
私の足がふたたびよくなるのに、そんなに長くはかかりませんでした。
しかし、バリィさんは馬丁に二度までもだまされたのにうんざりして、馬を飼うのもやめようと決めました。

 私はまた売られました──そして、こんどの生活はまったく違った種類のものでした。私の新しい主人はジェレミア・パーカーという辻馬車の御者で、ジェリーと呼ばれていました。

〈ロンドンの辻馬車〉

 その夜、私はそこで幸せになりそうだと思いました。ジェリーの妻のポリーは、8歳になる娘のドリーといっしょに私を見にきて、仲良しになりました。
彼らの息子のハリーは12歳でしたが、もうすでに、私やもう1頭の馬キャプテンの手入れを手伝っていました。
ポリーと娘は私をたいせつにしてくれました、昔のようにかわいがられ、また、優しい声で話しかけられることは、私にはたいへんうれしいことでした。
ボリーは、私をたいへん美しい馬だと思い、足の傷がなかったら辻馬車の馬にはもったいないと思いました。
「私たちにはだれの過失かわからないが」 と、ジェリーは言いました。
「私はこの馬を買ってよかったと思うよ、これほど足どりのしっかりしたきれいに走る馬に乗ったことはないもの」
辻馬車の馬としての私の最初の1週間の生活は、たいへんつらいものでした。ロンドンの往来の騒音といそがしさで、私は不安になり、 困惑させられました。

 しかしやがて、私にはジェリーがこの上なくいい御者だということがわかりました。さらにいいことには、彼は私たちを、自分と同じように気にかけてくれました。彼は私たちを清潔に保ち、食べものをいつもたくさん与えてくれました。
しかし、私のその時代で一番良かったことは、休息のための日曜日があることでした。私たちは1週間一所懸命に働いていたので、日曜日がなくては働き続けられなかったと思います。休みはまた、私たちが仲良く遊ぶ時間を与えてくれました。
ある夫人が、毎日曜日に教会に乗せていってもらいたいと言ってきたことがありましたが、ジェリーは日曜日に休むことにはがんこでした。彼は1週間休みなしで働くことは自分にとってと同じく、馬にとってもたいへんすぎることだと言いました。彼が断ると、夫人ははじめのうちはたいへん不機嫌になりましたが、やがて、彼女にも彼の言うことが正しいとわかりました。ジェリーはそのことでお客を失わずにすみました。

〈ジェリーの新年〉

 クリスマスと新年は、ある人びとにとっては、たいへん楽しい時期です。
しかし、辻馬車の御者とその馬たちにとっては休日ではありません。たいへん多くのパーティや舞踏会があるので、仕事はつらく、夜遅くなるのもしばしばです。ときには、中にいる陽気な人たちが音楽に合せて踊っている間、御者と馬は寒さにふるえながら何時間も待っていなければならないこともあります。

 ジェリーは夜の仕事にはたいてい私を使いました、そして、クリスマスの週には夜遅い仕事が多かったのです。
ジェリーはひどいせきをしていました、そして寒い中で立っていたので、それがいっそうひどくなりました。ある夜、私たちが家へ着いたとき、せきがたいへんひどくなって、彼はほとんどものも言えないほどでした。彼はほとんど息もつけないのに、私をいつものようにこすってくれました。
それからポリーが私に暖かい食事を運んでくれ、彼らは寝ようと戸締まりをしました。
次の日はたいへん奇妙でした。まるで日曜日のようだったのです。ハリーが入ってきて、私たちをきれいにし、えさをくれ、馬小屋を掃除しました、しかし、いつものように口笛を吹いたり歌ったりしませんでした。
そんなふうにして2日間たちました、家の中ではたいへんな心配ごとが起っていました、ジェリーが今にも危ないほどの重病だったのです。
彼はやっと快方に向かいましたが、家族はまだ問題をかかえていました。
お医者さんが、もし長生きしたいのなら、ジェリーは辻馬車の仕事にもどってはならないと言ったのです。
しばらくたってから、ジェリーはどうやら御者としての仕事をみつけました。庭のある家がつくということで、家族は大喜びでした。
私はどうかというと、また売られることになってがっかりしました。

〈農夫のサラグッドとその孫〉

 私が馬市でみじめな気持で待っていたとき、私は金持の農夫らしい人に気づきました。彼の目が私にとまるのを見て、私は耳を立てて彼をみつめました。
「ウィリー、落ちぶれた馬がいるよ」 と、彼はそばにいる少年に言いました。彼は話しながら私をやさしくなでてくれました。
「かわいそうな年とった馬! この馬を買って、また強くしてくれない、おじいさん」 と、少年は私の頭をなでながら頼みました。「おじいさんがレディバードにしたように」
農夫は笑いました。「私は年とった馬をみんな買って、彼らをふたたび強くすることはできないよ」 彼はそう言いながら、私の足にゆっくりとさわりました。「ちょっとかけさせてみてくれないか」 と、彼は私を売りにきた男に言いました。
私はあわれなやせた首を弓なりにそらせ、しっぽを少しあげてできるだけ上手に足を運びました、足がすっかりこわばっていたものですから。
「よろしい、私が買おう」 と、農夫が言いました、名をサラグッドという人でした。
それから後、私においしい食べものと、十分な休息と、柔らかい芝生と、ほどよい運動とが与えられました。私はまたすっかり若返ったような気分になりはじめました!
3月のある日、サラグッドさんは私を軽い馬車につけて試し乗りにでかけました。私の足のこわばりはなくなっていて、私はきわめて楽にその仕事をなしとげました。

 サラグッドさんは喜びました。彼はウィリーに言いました 「さあ、彼のために静かな場所をさがさなくてはならない、彼が十分に世話されるようなところをな」
その夏のある日、馬丁がたいへん注意深く私を手入れし、ブラシをかけてくれたので、何か新しい変化が間近いのだなと私は思いました。馬具までも特別に磨きたてられていたと思います。

 ウィリーは、おじいさんといっしょに馬車に乗ってきたとき、心配半分、浮かれ気分半分のようでした。「もしお嬢さん方がこの馬を気に入ってくだされば」 と、サラグッドさんは言いました 「お嬢さん方にも、この馬にも都合がいいのだが。まあ、やってみるだけしかないな」
私たちは村を抜けて、前庭に芝生とかん木の林のある美しい家に着きました。サラグッドさんが中に入っていき、ウィリーは私といっしょに待ちました。すぐに彼は3人のお嬢さんを連れてもどってきました。
お嬢さんたちは近づいて、私をみつめ、いくつか質問しました。そのうちの1人が私をたいへん気に入りました。彼女は、私をきっと好きになるだろう、たいへん良い顔をしているもの、と言いました。もう1人の──背の高い青白い顔のお嬢さんは──1度倒れたことのある馬が引く馬車に乗ると、いつも心配していなければならないと言いました。「それはいつも馬のせいではありませんよ」 と、サラグッドさんが言いました。「あなたの御者がどう言うか、試しに乗ってみられたらいかがでしょう」
そこで、そうすることに決りました。朝になると、お嬢さんたちの家の利口そうな顔つきの馬丁が私を連れにやってきました。私はその家へ連れていかれ、快適な馬小屋に入れられ、食事を与えられて、あとは自由にしておかれました。
翌日、馬丁は私の顔をきれいにしながら言いました 「これはブラック・ビューティのひたいにあったのとよく似た星じるしだな」

  彼はひとりごとを言い続けました。「背の高さもまったく同じだな、 ビューティは今どこにいるのだろう」

 それから、彼は私の白い足に気づき私を注意深く調べはじめました。
「ひたいの白い星、右の1本の白い足」
それから私の背中を見て彼は言いました 「ぼくたちがビューティの3ペンス銀貨と呼んでいた、あの白い斑点もある。これはブラック・ビューティに違いない。ビューティ、ビューティ、おまえはぼくを覚えているかい──チビのジョー・グリーンだよ」 彼は大喜びで私を軽くたたきはじめました。
その日の午後、私がお嬢さんたちの車を気をつけてやさしく引いてもどってきたあとで、ジョーが彼女たちに、私が地主のゴードンさんのところに昔いたブラック・ビューティだと話しているのが聞えました。彼女たちはすでに私が気に入っていました。そこで私を飼い、私を昔の名前のブラック・ビューティと呼ぶことに決めました。
さて、私がこの楽しい場所で暮してまる1年経ちました。ジョーは馬丁たちのなかでもっとも上手で、またもっとも親切で、そして私の仕事は楽で気持のよいものです。お嬢さんたちは私を売ることはしないと約束してくれましたから、もう恐れるものは何もありません。私の話はこれで終りです。
私の苦労はすべて終りました、今、私は気楽です。朝うつらうつらしているとき、私はまだバートウィックの果樹園にいて、リンゴの木の下に友だちといっしょに立っているのだと空想することがよくあります。


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