レディバードブックス100点セット
 

 

ドラキュラ

 カルパチア山脈の奥深く、馬車が山道を曲がりくねって進むうち、真夜中に近くなってきました。若いイギリス人弁護士、ジョナサン・ハーカーは、疲れきって、いすにすわったままうとうとしていました。イギリスからの旅は長いものでした、そしてトランシルバニア(ルーマニアの一地方) に着いてからの旅は、不気味でもありました。
はるかかなたで、狼の遠ぼえが聞え、ジョナサンは不安そうに身動きしました。彼は、このすばらしいけれど不思議な国に住む、狼や吸血鬼や魔女のいろいろな話を聞いていたのです。前の晩も、彼の行き先を聞いて、宿屋のおかみさんはおびえていました。
「ドラキュラ城へですか!」 彼女は息をのみました。「どうしても行くんですか?」
「ええ、そうなんです」 ジョナサンは答えました。「ドラキュラ伯爵がロンドンに地所を買ったので、書類にサインしてもらわないといけないんです。明日.馬車をよこしてくれるそうなんですよ」

 年とったおかみさんはためらっていましたが、自分の十字架を彼の首にかけてやりました。
「それならあなたのお母さんのためにも、これをかけておいでなさい!」
不思議に思いながらも、ジョナサンは彼女を満足させるためにそうすることにしたのでした。今、シャツの下に十字架を感じることができました。
馬車が止まりました。ジョナサンの心臓が、恐怖に飛び上がりそうになりました。狼があたりに群がり、歯を光らせ、舌をだらりとたらしていたのです。狼たちは、いっせいにほえたてました。黒いコートを着た御者がとび降りました。彼が腕をひと振りすると、狼たちは闇のなかへととけこんでしまいました。彼は、ジョナサンのカバンをたなから取ると、馬車のとびらを開けました。
「ドラキュラ城です」 彼は言いました。
ジョナサンは外に出ました。彼の前には、広大で荒れ果てた城がそびえ、くずれた胸壁がのこぎりの歯のように空に浮かびあがっていました。あかりは1つも見えませんでした。うしろでは、馬車がカラカラと走り去っていきました。彼は1人残されたのでした。

 ジョナサンは待ちました。目の前には、鉄のびょうを打ってある大きなとびらがありました。たたいてみるべきなんでしょうか? その大きなとびらがきしみながら開かれるまで、何年もたったような気がしました。足の先から頭のてっぺんまで黒ずくめの、背の高い男がとびらのところに立っていたのです。
「私がドラキュラ伯爵です」 彼は言いました。彼の英語は上手でしたが、不思議なアクセントがありました。「私の城へようこそ、ハーカーさん。お好きなようにお入りください」
伯爵に続いて、あかりのともされた部屋へ入り、ジョナサンは、恐怖感が消えているのに気づきました。暖炉で丸太が赤々と燃え、テーブルには夕食の仕度がしてありました。伯爵は別のドアを開け、気持よさそうな寝室を見せてくれました。

 「ここがあなたの寝室ですよ、ハーカーさん。まず食事をしてください。私はごいっしょしませんがお許しください。もう済ませてしまいましたので」
ジョナサンが食事している間、伯爵は旅行についていろいろたずねました。その後、2人は火のそばにすわりました。伯爵の質問はまだ続いていたのです。今度は、彼がロンドンに買った地所カーファックスについてたずねました。彼はまた、ジョナサンの持ってきた書類にもサインしました。
時間が過ぎていきましたが、彼はまだ話をしました。夜が明けるころになってやっと、彼は立ち上がりました。
「お好きなだけお休みください、ハーカーさん。ドアに鍵がかかっているところ以外なら、この城の中のどこへ行かれようとかまいませんよ。でも1つだけ忠告しておきましょう。御自分の寝室だけでお休みください。トランシルバニアのしきたりは、イギリスとは違いますからね」 彼はこう言いました。

 ジョナサンはあまりにも疲れていましたので、この不思議な警告のことについて何も考えませんでした。彼は、翌日遅くまで寝ていました。目を覚すと、冷えた食事が持っていました。
ドラキュラ伯爵の姿は見えず、召使も人っ子1人見受けられませんでした。奇妙なことです。いったい、それではだれが馬車を走らせてきたのでしょうか? ドラキュラ伯爵自身なのでしょうか?
ドラキュラは、夕方になるまで姿を現しませんでした。ドラキュラが来ると、若い弁護士は、仕事も終ったので国へ帰りたいのだが、と聞きました。
「わが友よ、まだ行ってはいけませんよ!」 伯爵は叫びました。「あなたは、私の新しい地所、カーファックスについて、詳しいことを取り決めにきたのでしょう。私はロンドンについてもっと知らなければなりません。ロンドンの人ごみのなかを歩くのをどんなに楽しみにしているか! ロンドンについては、本でしか知らないのですよ。もっと教えてくださらないと!」

 伯爵は、夜遅くまでジョナサンにいろいろたずねました。そして夜が明けるころにやっと、くたくたになった彼が床につくことを許してくれました。これが何日間か続きました。日中は、伯爵はどこにも見えず、ジョナサンは眠っていました。夜になると伯爵はいっしょにいて、果てしなくしゃべり続けるのです。ジョナサンは、彼が食べたり飲んだりするのを一度も見たことがありませんでした。
ある晩、彼がひげをそっていると、ドラキュラが不意に部屋に入ってきました。彼は、ジョナサンの鏡に映らなかったのです! おどろいて、ジョナサンは手をすべらせ、切ってしまいました。伯爵の目が血を見て光り、彼は歩み寄ってきました。が、そのとき、彼はジョナサンののどにあった十字架を見て、後ずさりしました。
「ここで、切り傷をつくったりしないよう、お気をつけなさい」 彼の声はうなるような声でした。「あなたが思っているより、たいへんなことになるかもしれませんよ」

 彼は行ってしまいました。震えながらジョナサンは、新鮮な空気を吸おうと窓のとこうへ行きました。城は、崖っぷちに立っていました。ジョナサンが下を見下ろしたちょうどそのとき、人影が下の窓から出てきました。
それは、ドラキュラ伯爵だったのです! 彼は、大きなコウモリのように、城の壁をはい下りていたのです!
この男はいったい何なのだろうか? と、ジョナサンは考えました。彼は恐怖と不吉な予感でいっぱいになりました。ここから抜け出してイギリスへ、そして、結婚するはずになっているミーナのもとへもどらなければなりません。
脱出するのは容易なことではありませんでした。表の大きなとびらには鍵がかかっていたし、ジョナサンがどんなに探しまわっても、他に出口はみつけられなかったからです。彼は閉じこめられていたのです! 探しまわっているうちに、ついに、今までに入ったことのない部屋にいるのに気づきました。彼は、すっかり疲れきっていました、そして、自分の部屋だけで寝るようにという伯爵の忠告を思い出しましたが、それにそむいたことがうれしくなりました。おかまいなしに、彼は絹の長いすに横たわりました。

 時間がたちました。突然、彼は1人でないことがわかりました。部屋は前のままでした。彼の足跡だけが、ほこりをかぶった床に、はっきりと残っていました。それなのに、3人の美しい娘が、ぼんやりした一筋の月あかりのなかから現れたのです。彼女たちには影がありませんでした。3人とも、白く光る歯とまっ赤な唇をしていました。ジョナサンはものすごい恐怖におそわれましたが、身動きできませんでした。
娘の1人が彼におおいかぶさり、彼は、その鋭い歯がのど元におそいかかるのを感じました。その瞬間、別の人間が部屋に現れました──ドラキュラ伯爵です。彼は怒っていました。激しく腕を振って、その娘をジョナサンから放しました、そして、御者が狼に示したのと同じ身振りで、他の娘たちを追いやりました。

 「こいつに触れるとは何たることだ!」 ドラキュラは、シッシッとしかりつけました。「この男は私のものだ! 私が終ったら、おまえたちにもくれてやる!」
「私たちは、今夜も何ももらえないんですか?」 娘の1人が泣き叫びました。
ドラキュラは、床に置いてあったカバンを指さしました。それは、中に何か生き物がいるかのように動き、ジョナサンは、子どもの、くぐもった泣き声を聞いたように思いました。娘たちは口を開け、歯を光らせ、むさぼるようにカバンにおおいかぶさりました。彼女たちは子どもたちの血を吸おうとしていたのです!
ジョナサンは、もうそれ以上我慢できませんでした。そして、すっかり気を失ってしまったのです。
ジョナサンが気がつくと、いつのまにか日の光が城の窓から差しこんでいました。彼は1人でしたが、まだ恐ろしさでいっぱいでした。逃げなければなりません、そして、もし勇気をもってやるなら、逃げ道はあるのです! ドラキュラ自身も城の壁を伝って下りでいったのです。ジョナサンも同じようにしようと決心しました。
彼は窓から出て、外壁の出っ張りに踏み出しました。下は、崖に向かって垂直に切り立っていましたが、城の外壁のごつごつした石には、足がかりがありました。ジョナサンは、自分の勇気が勢いのあるうちに、下を見ないようにしながら下りはじめました。長いことかかって、彼は伯爵の部屋にやってきました、もう先へ行くには疲れきっていました。その部屋にはだれもいなかったので、彼は中へもぐりこみました。
ある片すみに、暗い階段へ続くドアがありました。ジョナサンは慎重に下りていって、薄あかりのついた地下室に着きました。床は、最近掘り起されたようになっていて、土の入った大きな箱があたりに置いてありました。全部で50個あったのです。そのうちの1つにジョナサンは、恐怖でいっぱいになるようなものを見ました。伯爵がその中に横たわっていたのです!

 伯爵は息をしておらず、心臓も動いていませんでしたが、彼の顔は、血液で満たされていました。唇は血で汚れ、しずくがほおにたれていました。
あの恐ろしい3人の娘たちのように、この生き物も、人間の血を吸って生きていたのです。そして彼は、何百万という罪のない人びとがいるロンドンへ行こうとしているのです。何としても食い止めなければなりません!

 シャベルを取り上げるとジョナサンは、その憎々しげな顔を打ちました。
彼がそうすると、死んだ目を憎悪に光らせて、顔がこちらの方を向いたのです。シャベルはジョナサンの手の中で回転して、さっきの一撃は、ほんの少しかすったに過ぎませんでした。
恐怖にシャベルを落すと、ジョナサンはドラキュラという怪物から逃れようと、地下室から走り去りました。
ジョナサンは、また伯爵の部屋にもどっていました。階段のドアがうしろでパタンと閉まり、どんなに引っぱっても、堅く閉ざされていました。
彼は絶望感におそわれました。ちょうどそのとき、城の中庭に、重い車輪のころころいう音と明るい声がしたのです。希望が輝きました。中庭を見下ろすようになっている小さな窓から、彼はじっとのぞきました。
ジプシーの一行が着いたのです。彼らは、城への秘密の道を知っているようでした、 なぜなら、地下室から箱を取り出して、馬車の上に積んでいたからです。どんなに頑張っても、ジョナサンは彼らの注意を引くことができませんでした。彼らは積み終ってしまいました。重い車輪が回りはじめ、ジプシーたちは歌いながら行ってしまいました。
「もどってきてくれ!」 ジョナサンは絶望的になって叫びました。「助けてくれ!」
一行は去ってしまいました。彼の心は沈みました。あの箱のうちの1つに、ドラキュラが潜んでいるのがわかっていました。これが、ロンドンにある伯爵の新しい地所、カーファックスへの旅の第一歩なのでしょうか?
今や、ジョナサンはあの恐ろしい3人の娘といっしょに、この城の中に1人取り残されたのです、そしてもうすぐ、あの3人は、もっと血を求めてやってくるでしょう。
「ああ、ミーナ」 彼はうめきました。「君にふたたび会えるだろうか?」
彼は立ち上がりました、その顔は決意を示していました。城の壁を伝って、下の谷へ下りるのです。そして、この呪われた国を去ってイギリスへ、そしてミーナの元へ帰るのです。

 はるか遠くイギリスでは、ジョナサンの婚約者、ミーナ・マレーが、ヨークシャーの町ウィットビーにちょうど着いたところでした。彼女はここで、友人のルーシー・ウェスチンラと休暇を過すことになっていたのです。ルーシーはここに別荘を持っていました。
20歳の若く美しいルーシーは、ミーナにニュースを知らせたくて待ちきれませんでした。彼女は、1日のうちに3人から結婚を申しこまれたのです!
その3人は親しい友人同士でした。最初の人1は、ドクター・ジョン・シーワードという若く優秀な内科医で、ロンドンの精神病院を預かっていました。2人目は、テキサスから来たアメリカ人で、クインシー・P・モリスという人でした。
3人目は、ゴダルミング郷の息子のフーサー・ホームウッド閣下でした──彼女は、彼の申しこみを受け入れたのです。
「私たちは、秋に結婚するのよ!」 彼女は喜びにほおを赤らめてミーナに言いました。

 ウィットビーでは、時は愉快に過ぎていきました。2人は、崖に沿って歩いたり、日の光のなかにすわって、町の屋根や海をながめたりして遇しました。ときどき、沿岸警備員や年老いた漁師と話したりもしました。
7月が過ぎて8月になり、ミーナはだんだん心配になってきました。ジョナサンからは簡単な手紙をもらっただけでしたし、トランシルバニアは、はるかかなたでしたから。それにもっと悪いことには、ルーシーが悪夢をみたり、眠ったまま歩くようになっていたのです!ミーナには、なぜそうなったのかわかりませんでした。
ある晴れた日の午後、2人は、年老いた漁師とすわりこんでおしゃべりしていました、そうしていると、暗い雲が太陽をおおいました。
冷たい風が海から吹いてきて、年老いた漁師が叫びました 「あの風には何かあるぞ! 死のにおいがする!」

 夕方遅くなって、雲がいっぱいに集まってきました。夕焼けがとても美しかったので、人びとは崖の上に集まって見ていました、ミーナとルーシーも、そのなかに混じっていました。突然、何の前触れもなしに、あらしがやってきたのです。海は荒れ、嵐は雷のようにうなりました。
「あの船を見ろ!」 年寄りの漁師が指さしながら叫びました。
すべての帆をあげたスクーナー船が、大波をぬって浜に向かって進んできていたのです。それが近づいてくると、見ていた人びとは息をのみました。蛇の柄には、死体が縛りつけてあったのです。
スクーナー船は突進してきて、恐ろしく大きな音をたてて浜にぶつかりました。その瞬間、大きな犬が甲板の下から飛び出して、砂の上に降りました。人びとは、その犬が丘をかけ登って、古い (教会の) 墓地に向かっていくのを見ました。そして、犬は墓石のなかに消えていったのです。突然、あたりは真暗になりました。ルーシーは震えていました。

 「そろそろ帰らなくては」 ミーナは明るく言うと、彼女の腕をとりました。
夜の騒ぎは、それだけでは終りませんでした。ルーシーは気持を乱されているようで、不安なまま眠りにつきました。真夜中ころ、彼女は眠ったまま歩きだし、家を出ました。ミーナは彼女が出ていくのを聞きつけたので、化粧着をひっかけると、走って後を追いました。古い墓地までくると、彼女は、ルーシーが門のそばのベンチにすわっているのをみつけました。
そのとき、黒い人影が彼女におおいかぶさるのを見たのです。
「ルーシー! ルーシー!」 彼女は恐ろしくて、叫び声をあげました。
人影は顔をあげました、ミーナは、白い顔とにらみつけている目を見ました。それから影は消えてしまいました。ミーナはどうにかやっと友人を家へ連れて帰り、ベッドに寝かせました。彼女はボ一ッとしており、のどのところには変な傷跡がありました。

 次の日、夜が明けると、からりとしたよいお天気で、ルーシーはかなり自分を取りもどしたように見えました。朝のうち2人は、ぶつかったスクーナー船がまだ置いてある浜まで、散歩に出かけました。男たちが、沿岸警備員に見守られながら、船倉から大きな箱を降ろしているところでした。
「おはよう、お嬢さん方」 警備員は2人にあいさつしました。
「だれか船の人は助かったの?」 と、ミーナは聞きました。
「船長以外、だれも乗っていなかったんですよ」 彼は首を振りながら答えました。「船長は死んでいました。この船はこの箱を積んで、バルナのバルカン港から来たんですよ。この箱はみんな、ロンドンのある家宛になっているので、我々が届けてやろうと思って」 ,
波はまた首を振りました。「不思議な事件ですよ」

 ミーナはすぐに、難破したスクーナー船のことを忘れました。その朝、ブダベスト(ハンガリーの首都) から1通の手紙が届いたのです。ジョナサンは無事でしたが、そこの病院にいるのです。彼はトランシルバニアであの恐ろしい体験の後、脳炎にかかってしまったのです。
「ハーカー氏は、何か恐ろしいショックを受けたようです。彼は順調に快復していますが、あなたに来てほしいと言っています」 手紙にはそう説明してありました。
「彼のところへ行かなくては!」 ミーナは叫びました。ルーシー、あなたは大丈夫?」
「もちろん、あなたは行かなくては」 ルーシーは言いました。「どちらにしても、私もそろそろロンドンにもどらなくてはならないし。アーサーが待っているの」
ルーシーがロンドンにもどってしばらくして、アーサー・ホームウッドは、友人のシーワード医師を訪ねました。精神病の専門医であるジョン・シーワードは、精神病院に続いている家を持っていました。友人たちはよくそこで会っていたのです。
「わたしは、レインフィールドのことがどうもふにおちんのだよ。彼は、私の患者の1人なんだがね」 ジョン・シーワードは、すわって話をしているとき、そう言いました。「彼は治ったと思っていたんだが、最近妙な行動をとるんだ」
「どんなふうに?」
「夕べ、彼はここを抜け出し、隣の家のカーファックスさんのところに入りこもうとしていたのをみつかったんだ。あそこは大きな家で、古い礼拝堂が付いているのだが、空家なんだ。彼を部屋に連れもどすと『ご主人さまがそばにいらっしゃる』と言い続けるんだよ。それからベッドに横になって、笑みを浮かべながら、窓の外を大きなコウモリがバタバタ飛,ぶのを見ているんだ。妙な態度じゃないか。かわいそうなものだ、よくなったように見えていたのに」

 彼は、いぶかしそうに友人を見ました。「アーサー、何か心配ごとがあるんだね。どうしたんだい?」
「ルーシーなんだ」 アーサーは答えました。「少しも具合がよくならないし、何が悪いのかさっぱりわからないんだ。彼女を見てくれないか?」
「もちろんだとも」
次の日、彼は彼女を診察しました。少し青ざめている他は、どこも悪いところは見あたりませんでした。でも確かに彼女は、健康からほど遠い状態にあったのです。彼はアーサー・ホームウッドに手紙を送りました。
「私はルーシーのことを案じている。バン・ヘルシング教授に、アムステルダムから来てみてくれるよう頼んだ。彼は私の古い友人で、原因不明の病気に関しては専門医なのだ。彼ならルーシーを助けてくれるだろう」 手紙にはこう書かれていました。
バン・ヘルシング教授がアムステルダムから着くころには、ルーシーはすっかり弱っていました。顔は真白で、唇にも血の気がありませんでした。
そのオランダ人は彼女を調べ、首につけていたベルベットのひもの下に傷跡をみつけたとき、彼の顔色が変りました。彼は、ジョン・シーワードをすぐに呼びました。
「すぐに輸血をしなくては」 と、彼は言いましだ。
「いったいどこが悪いんです?」 と、シーワードは聞きました。
「私にはわかっているつもりだが、それがまちがっていることを望むよ」
オランダ人は答えました。「私の本を調べて考えなくてはならんよ。まず輸血だ。その後、彼女の部屋にニンニクの花をいつも置いておくように」
「ニンニクの花? しかし、なぜ?」 若い医者はおどろいたようでした。
「私を信じなさい!」 バン・ヘルシングは言いました。「頼むから、私の言うとおりにしてくれ」
煙にまかれたように思いながら、ジョン・シーワードは承知しました。

 ルーシーは、輸血の後少しよくなったように見えましたが、日がたつにつれ、もっと輸血が必要になりました。彼女の病気のことを聞いて、クィンシー・モリスが手伝いにやってきました。彼は、ルーシーの変りようを見て、ショックを受けました。彼女は、悪夢のことや窓にいる大きなコウモリのことを話しました。友人たちは、彼女が逝ってしまうのをただながめているしかありませんでした。とうとうルーシーは目をつむり、呼吸は止まってしまいました。アーサー・ホームウッドは悲嘆にくれていました。
「彼女はやっと安らかになれたんだ。これでおしまいなんだ」 ジョン・シーワードが静かに言いました。
「いいや、友よ」 バン・ヘルシングが彼の方は向きなおりました。「私は、これが単に始まりに過ぎないのではないかと恐れているんだよ」
ルーシーの葬儀は、ジョナサン・ハーカーと、ミーナ・マレーがブダベストからもどる前に済んでいました。2人は、ジョナサンがかなりよくなると、そこで緒婚式を挙げていたのでした。2人とも、友人の死を聞いて、悲しみにうちひしがれました。

 ミーナは、ジョナサンから目を離しませんでした。ドラキュラ城での、彼のつらい体験を聞いて、彼女はショックを受けていました、彼はずっと具合が悪かったのです。やっと最近、よくなってきたように見えはじめていました。
2人がある晩、ロンドンの通りを歩いていると、ジョナサンが急に1歩も動かなくなりました。
「どうしたの?」 ミーナが心配そうに聞きました。
ジョナサンは、通りの向う側にいる、背の高い黒髪の男をみつめていました。
「伯爵だ!」 彼は叫びました。「もうここに、ロンドンに来ているんだ」

 ジョナサンは震えていました。心配したミーナは、ハンサム型馬車を呼び止め、シーワード医師のところへ連れていきました。幸い彼は家におり、バン・ヘルシング教授もいっしょでした。2人の医師は、ミーナが一部始終を語る間、黙って聞いていました。そして、2人は目を見合せました。
「すべては私の想像だったのでしょうか?」 ジョナサンは低い声で聞きました。
「いいや、そうではないよ」 バン・ヘルシングがきっぱりと言いました.
「それに、君の体験はルーシーの死とつながりがありそうだ。君は、その悪魔が今ロンドンにいると言ったね? やつを探し出さなくては!」
「私もいっしょに行きます!」 ジョナサンは叫びました。
次の日の朝、ロンドンのある新聞に恐ろしい記事が載っていました、子どもたちが、1人の美しい女性にさらわれているというのです。子どもたちはその後、のどにポツポツと傷跡をつけたままみつかりました。バン・へルシングは新聞をシーワード医師に見せました。
「これをどう考えるね?」 と、彼は聞きました。
「何かがこの子どもたちをおそったんだ」 ジョン・シーワードは叫びました。「そいつがルーシーもおそったに違いない!」
「いいや、違う」 バン・ヘルシングは首を振りました。ルーシーがどうやって死んだか、きみにどう言ったらわかってもらえるかなあ? この世には不思議なことがたくさんあるんだ。あるところには、牛や馬の血を吸う大コウモリがいる。ときにはやつらは、船の甲板で寝ている水夫の血を吸うこともあるんだ。朝には、水夫たちは死んでいるんだ、ルーシーのように白くなってな」
ジョン・シーワードはオランダ人をみつめました。

 「君は、ルーシーがコウモリにかまれ、そのコウモリがロンドンにいると言っているのかい?」
「私はそれよりもっと悪い事態だと恐れているんだ」 バン・ヘルシングはうめきました。「私は、ルーシー自身が子どもたちののどに穴を開けたのではないかと思っているんだよ」
「気でも違ったのか? ルーシーは死んでいるんだ!」
「私を信じていないんだな」 バン・ヘルシングは悲しそうに首を振りました。「今晩暗くなってから、ルーシーの埋められている墓地へ行こう。そうしたらわかるだろう」

 暗くなると、2人はものも言わずに、ルーシーのひつぎが置かれている地下室に行きました。慎重に、バン・ヘルシングがそれを開けました。シーワード医師はおどろいて息をのみました。それはからっぽだったのです。
バン・ヘルシングは、静かに、と合図しながら彼を外へ連れ出しました。2人は木の陰で待ちました。2人が見ていると、人影がすいすいと地下室にもどっていきました。それはルーシーでした。
バン・ヘルシングは友の腕をつかむと、地下室へ連れていきました。ふたたび彼はひつぎを開けました。今度は、ルーシーはその中に横たわっていたのです、生きていたときよりも、もっと美しい姿で。

 バン・ヘルシングは静かに説明しました。ルーシーは、失神状態で歩いているときに吸血鬼にかまれたんだ。吸血鬼は何度も何度も血を吸いにもどり、ルーシーは死んでしまったんだ。いや、彼女は実際に死んでいるのではない、不死の状態にあるんだ。彼女自身が吸血鬼のようになってしまい、人間の血を必要としているんだ。彼女の心臓に杭を打ちこまなければ、彼女の魂は安らかにはならないだろう」
ジョン・シーワードは震えあがりました。
「アーサーに知らせなくては」 バン・ヘルシングは続けました。「君と同じように、自分の目で見なければ信じないだろう。明日の晩、また来よう」

 次の晩、一同が墓地にもどったときには、真夜中を過ぎていました、今回は、アーサー・ホームウッドとクィンシー・モリスもいました。黙ってバン・ヘルシングは空のひつぎを見せ、静かに一同は、ルーシーがもどるのを待ちました。まったく不意に彼女は現れました、そして、そのうしろのどこかで、子どもがすすり泣いていました。街灯の光によって、一同はルーシーの唇の真新しい血を見ました。彼女の顔は悪魔のようでした。
「あれは私のルーシーではない」 アーサーはうめきました。「バン・ヘルシング、彼女が安らかになれるよう、助けてやらねば」
バン・ヘルシングが持ってきた杭と金づちを取りあげると、アーサーはオランダ人に続いて地下室へ入りました。仕事はすぐに行われました。杭は、ルーシーの姿をした何者かの胸に打ちこまれました。それは一声悲鳴をあげました。それから、安らかな表情が顔に現れました。ルーシーはもはや不死の状態ではなくなったのです。
「さあ、次はドラキュラだ!」 アーサー・ホームウッドはとぎれがちに言いました。
ジョン・シーワードの家を本部として、友人たちはドラキュラ探しを始めるために集まりました。その前に、バン・ヘルシングが、吸血鬼について知っていることをみんなに話しました。
「吸血鬼は、天候や、コウモリ、狼などのような生き物を支配することができるんだ。やつは不死の状態にある。どんな形になることもでき、影はなく、鏡には映らず、自由に消えることができるんだ。やつの力は暗いうちに限られていて、日中は、ひつぎか、土の入った箱に寝ていなくてはならない。そして、やつが家の中に入れるのは、その家に住んでいる者に招き入れられたときだけなのだ。やつの力を奪うものはいくつかある──ニンニク、十字架、教会の聖餅(聖さん用のパン) などがそうだ。箱に寝ている、やつの心臓に杭を打ちこまないかぎり、永遠に生き続けるのさ」 彼はこう言いました。

 少しの間、沈黙がありました。これが、みんなが倒さなければならない恐ろしい力なのでした。
バン・ヘルシング続けました 「今のところ、何がわかっているだろうか? ドラキュラが犬の姿で、ウィットビーの難破したスクーナー船から来たことはまちがいないようだ。ミーナが、スクーナー船の箱はロンドンに送られたと言っていた。私の問い合せたところによると、それらは、カーファックス、つまりこの家の隣の伯爵の買ったところに配達されたということだ。ドラキュラは、日中休むところが必要なんだ。箱の1つ1つが、やつの安全な場所となっているんだろう」
「今までのことは、私にとってはすべておどろきなんだが」 と、シーワードが気味悪げに言いました。「でも私の患者のレンフィールドの行動から、十分な手がかりは得ているんだからな」

 「箱のうちのいくつかは、馬車できのう運び出された」 バン・ヘルシングは続けました。「レンフィールドは動揺し、あいつらは『ご主人』を盗んでいくんだ、とわめいていたよ。まだ隣のカーファックスのところに置いてある箱を、探し出さなけりゃいかんな。それを聖餅で清めてしまえば、ドラキュラはその中でもう二度と休めないだろう。それから後のを探して、同じようにするんだ。まず先に、カーファックス!」
ミーナはいっしょに行こうと立ち上がりましたが、ジョナサンは彼女の腕に手を置きました。
「ここにいるんだ、ミーナ」 彼は静かに言いました。「その方が安全だ」
バン・ヘルシングに導かれて、男たちはシーワードの家を出ました。カーファックスへ行く前に、オランダ人は、1人1人に十字架とニンニクの花輪を渡しました。
「これを胸の近くにつけておきなさい」 彼はそう指図しました。

 街灯に照らされ、静かに一行は、壊れたドアから暗い家の中へ入っていきました。家は厚くほこりをかぶっていて、さびれているように見えました。にもかかわらず、みんな邪悪な気配を感じとっていました。家に隣接していた古い礼拝堂で、彼らは箱をみつけたのです。そこには悪臭が漂っていました。
「箱が29個」 と、クィンシー・モリスが言いました。
突然、足元のネズミがいっぱいになりました。

 それはどこからともなく現れ、何千匹もにふくれあがりました。アーサー・ホームウッドはすばやく行動に移り、大きく口笛を吹きました。すると犬の鋭いほえ声が返ってきて、彼の3匹のテリアが走ってきました。犬は、不倶戴天の敵であるネズミに突進していきました。そうしているうちに、ネズミは消えてしまいました。それといっしょに、悪霊の気配も消えてしまったようでした。ほっとして、男たちは箱を清める仕事にとりかかりました。
ミーナは.ジョン・シーワードの家の寝室にいて、犬がほえるのを聞きました。外は真暗でした。窓の外で霧がうずまきはじめ、2つの赤い目が彼女をじっとみつめているように思えました。ミーナは気が遠くなっていきながら、ジョナサンの言っていた3人の娘のことを思い出していました。
彼女が最後に覚えていたのは、白い顔と2つのじっとみつめている目でした。
次の日の朝、ミーナは疲れて青白い顔をしていましたが、きのうの夜の体験は悪い夢のように思えたのです。それで彼女はそれについて、何も言いませんでした。
友人たちは調査を続けました。荷馬車屋は、箱が運ばれていった先々のロンドンの住所を教えてくれました。すぐに、9つの箱だけを残して、後は全部処理されました。最後に1つの住所だけが残りました──ピカデリーにある家です。
レンフィールドは、いまだにシーワードの心配の種でした。今度は彼は、今までになく静かでした。彼のこれまでの気分の状態は、彼の 「ご主人」 である伯爵の行動に結びついていました。シーワードは、彼が何らかの方法で、伯爵の破滅が近づいているのに気づいたのではないだろうかと思っていました。
ミーナは寝室に行ってしまい、男たちはピカデリーの家へ行く計画を話し合いました。
「これで最後の追跡だぞ」 と、アーサー・ホームウッドは言いました。

 突然、レンフィールドが悲鳴をあげました。みんなは彼の部屋へとびこみ、彼が血の海の中に横たわっているのをみつけました。彼は死ぬ少し前にこうささやきました。
「私が彼を中に入れてやったんだ。入りたがっていたので、入れてやったんだ。彼は、ハーカー夫人の血を吸いにいった。私は、彼のしようとしていることを見て止めようとしたんだが、彼の力があまりに強くて……」
これで、ドラキュラがどこにいるかわかりました! 男たちは2階にかけあがると、ミーナの部屋へなだれこみました。ドラキュラが彼女におおいかぶさり、彼女の服には血がついていました。

 男たちは悪魔につめよっていきました、バン・ヘルシングは十字架を差し出し、彼をうしろへ追いやってミーナから遠ざけました。突然、彼は消えました、後にはミーナが泣いているばかりでした。
「やつは、夜が明ける前にピカデリーの家に着かねばならんだろう」 バン・へルシングが叫びました やつは自分の箱の中でなければ休めないし、箱はあの家にあるだけだからな。これから行って、待ち伏せしよう」
ピカデリーの家に着いたとたん、ドラキュラがもうそこへ来たことがわかりました。そこは、カーファックスの古い礼拝堂と同じようなにおいがしたのです。食堂に、彼らは8つの箱をみつけ、急いで聖餅で清めました。
これで箱は1つだけ残っていることになりましたが、それがどこへ行ったかはまったくわかりませんでした。

 「いったいどこにあるんだ?」 ジョナサンが叫びました。
バン・ヘルシングは首を振りました。
彼らがそこに立っていると、表のドアが開いて、ゆっくりと慎重な足音が廊下を伝わってきました。それはドラキュラ伯爵でした。彼は一同と向かい合いました。彼の顔はゆがみ、歯をむきだしてうなりました、それで長くとがった歯が見られました。
「私の休む場所をなくしたと思っているのだろう──でも、もう1つあるのだ。おまえたちはみんな後海することになるだろう。私の復讐は始まったばかりなのだ!」
こう言うと、彼は消えてしまいました。

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「どうしたらいいんだ?」 クィンシー・モリスが絶望的になって詰問しました。「やつはどこにだって行けるんだぞ!」
がっかりして、彼らはシーワードの家にもどりました。ミーナは青ざめた心配そうな顔をして待っていました。彼らが今までに起ったことを話すと、いっそう青くなり、彼女はバン・ヘルシングの方へ向きなおりました。
「教授、ドラキュラは私の部屋に入ってきたとき、私を催眠状態にしたんです。もしあなたが私を催眠状態にしてくださったら、彼の居所を感じることができるかもしれません」 と、彼女は言いました。
バン・ヘルシングはジョナサンを見ました。彼は承知したとうなずいていました。やってみるだけの価値はあるのです。ミーナをひじかけいすにすわらせると、オランダ人は彼女に催眠術をかけました。だんだん彼女の目は閉じてきて、話し出しました。
「彼は暗い部屋にいるわ。外で水がはねています。これは船だわ、今、港を出ようとしているのよ」
彼女の声が消え、呼吸が深くなりました。

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「彼女は眠ってしまった」 バン・ヘルシングは言いました。「その船は、ロンドン港から出ていくんだ。しかし、他にどのくらいの船が出るのだろうか?」
「ロイド組合が教えてくれるだろう」 アーサー・ホームウッドが彼に言いました。「どの船が出港して、どこへ行くかわかるだろう」
その答えが得られるまで、その日いっぱいかかりました。ロイド組合のリストから、1隻だけそれと思われる方向へ行く船がありました──ザリーナ・キャサリン号で、黒海のバルナ行きでした。しかし、一同が波止場に着いたときには、もう船は出ていました。背の高い不思議な男が乗りこむのが目撃され、大きな木の箱が船倉に積みこまれていました。ドラキュラは、土の入った箱を持ってトランシルバニアへ逃げもどろうとしていたのです!

 「まだチャンスはあるぞ」 バン・ヘルシングが指摘しました。「海を渡っていくには何週間もかかる。陸を通っていけば何日間かで着けるぞ」
「そうだ!」 と、クィンシー・モリスが同意しました。「オリエント急行を使って先回りし、待ち伏せしよう」
ただちに彼らは出発の準備をしました。ミーナが街燈に忙しくしている間、バン・ヘルシングがジョン・シーワードを片すみへ呼びました。
「ジョン、ドラキュラを早くつかまえないとな。ジョナサンには言うな。でも、ミーナは変ってきているよ。吸血鬼の印が顔に現れてきているのがわかるんだ」 と、彼は言いました。
バルナまでの旅は平穏無事でした。そこに着くと、彼らはホテルに部屋を取って、ザリーナ・キャサリン号に関する知らせを待ちました。

 「日の出から日没までの間に船に乗りこむんだ」 バン・ヘルシングはみんなに言いました。「日中は出られないからな。やつが箱にいる間に、確かめることができる、かわいそうなルーシーにしたように」
その後まもなく、波止場から伝言が届きました。ドラキュラは彼らを出し抜いたのです! ザリーナ・キャサリン号はバルナには立ち寄らず、もっと北のガラツに向けて航海していったのです。みんなはあきらめずに、ガラツ行きの始発列車に乗りました。そこで彼らは、大きな箱が船から降ろされ、ボートで上流に向かっていると聞きました。
バン・ヘルシングは歓声をあげました。「まだつかまえられるぞ。やつは1人では川は渡れまい。箱が川にある間は、やつはそこから出られないだろう」
急いで、彼らは追いかける準備をしました。アーサー・ホームウッドとジョナサン・ハーカーは、借り入れた蒸気船で上流に向かいました。シーワード医師とクィンシー・モリスは馬に乗って、川岸に沿っていくのです。
ミーナはバン・ヘルシングに守られて行くことになりました。2人は馬車をやとって、ポルゴ・パスを抜けてドラキュラ城へ行くのでした。
一行は、ガラツを出発するのに1秒も無駄にしませんでした。ほどなく、全員がそれぞれの道を進んでいました。
旅の間、ミーナはほとんど眠り続け、弱々しく、具合悪そうに見えました。2人がドラキュラ城に近づくと、彼女は落ち着きなく、不安そうになりました。
「彼は近くにいるわ。近くにいるのがわかるのよ」 彼女はつぶやきました。
夜が近づき、バン・ヘルシングは馬車を止めました。聖燐を使って彼は、まわりに聖なる輪を作ったのです。それから、雪が降ってきたので火を燃やしました。すぐにあたりは真暗になりました。

 雪がヒュウヒュウ吹き荒れ、それとともに、冷えびえとした霧が出てきました。まもなく、馬がいななきはじめました。霧のうずが、流れるようなドレスを着た3人の娘の形になりました。バン・ヘルシングは、恐怖がわいてくるのを感じました。
娘たちが近くに寄ってくると、バン・ヘルシングには、その赤い唇ととがった白い歯が見えました。この3人は、ジョナサン・ハーカーの言っていた、ドラキュラ城の3人の娘でした。彼女たちは腕をからませて、ミーナに手招きしました。「いらっしゃい、妹よ、私たちといっしょにいらっしゃい」 娘たちは、こう低い声で歌いました。

 バン・ヘルシングはミーナを見ました。彼女は行くでしょうか? 彼女の目の恐怖と、顔に現れた戦りつが、まだ、彼女があの娘たちのようになっていないことを物語っていました。彼は暖かくするため、まきをくべました。彼とミーナは、聖なる輪の中では安全でした。娘たちは入ってくることができないのです。
こうして2人は、そのまま夜明けまでいました。バン・ヘルシングは、3人の娘が、うずまく霧と雪に消えていくのを見ていました。日が昇り、彼女たちは去っていきました。オランダ人はミーナの方を向きました。そして、彼女が安らかな眠りについているのを見て安心しました。
彼女を毛布にくるんだまま聖なる輪に残して、バン・ヘルシングは馬車に乗りました。彼は風のようにドラキュラ城まで馬車を走らせていきました。持ってきた重い金づちを使って城の中へ無理に入りこむと、崩れた礼拝堂へ行く道をみつけました。そこでは3人の娘が、3つの石の墓の中に、美しく、不死の状態で横たわっていました。

 そこにはもう1つ、他のより豪華で、大きくて伯爵の位にふさわしい墓がありました。それにはただ一言こう書かれていたのです! 「ドラキュラ」 と。
これが、吸血鬼の親玉の不死のすみかだったのです。バン・ヘルシングは聖餅を墓の中に入れて、永遠にドラキュラをそこから遠ざけました。
彼の次の恐ろしい仕事は、3人の娘の胸に杭を打ちこんで、始末することでした。これが終ると、バン・ヘルシングは、娘たちの体がちりになる前に、1人ひとりの顔に安らかな表情が現れるのを見ました。
城から出るとき、彼は入口をすべて聖餅で封じておきました。伯爵はもう入れないでしょう。

 ドラキュラ城を一目振り返ると、バン・ヘルシングは、ミーナの元へ馬車を走らせてもどりました。彼女はまだ、聖なる輪の中で寝ていましたが、彼が火にまきを足すと、目を覚しました。
「ジョナサンが来るわ!」 彼女は叫びました。「でもドラキュラもよりバン・ヘルシングは、彼女に腕を回しました。「恐がらなくても大丈夫」
彼はやさしく言いました。「私たちは神の手の中にいるのだから」
1日がゆっくりと過ぎていきました。日の光が薄くなりはじめ、狼が遠くでほえていました。そのとき、2人は何かが動くのを見ました。バン・ヘルシングは双眼鏡を取りあげました。ジプシーの一行が彼らの方に向かって走ってきていて、彼らの荷馬車の1つには大きな箱が乗っていました。
ドラキュラがやってくるのです!
「やつらは、日没に間に合うように急いでいるんだな」」 バン・ヘルシングはうなりました。
「見て! 馬に乗った人たちよ」 ミーナが叫びました。
バン・ヘルシングは双眼鏡をちょっとのぞきこみ、喜びの声をあげました。「クィンシーとジョンがやってくる、それにアーサーとジョナサンもすぐうしろにいるぞ!」
2人は待っている間、一刻一刻がまるで1年のように感じられました。風が、きびしい雪まじりの突風となっていました。だんだんとジプシーたちは近づいてきました。今や彼らは、ほとんど百ヤードほどしか離れていませんでした。日がドラキュラ城を浮かびあがらせて、そのうしろに沈んでいきました。

  馬に乗った4人は、ジプシーたちに追いつきました。
「止まれ!」 ジョナサンはかっとなってどなりました。
言葉はおそらくわからなかったはずなのに、ジプシーたちは直感的に手綱を引いて止まりました。ジョナサンとクィンシーは、ジプシーの輪の中にとびこみ、彼らのきらめくナイフを撃退しました。信じられないような力で、2人は大きな箱を持ち上げると、地面に投げ出しました。箱は壊れて開きました。
アーサー・ホームウッドとジョン・シーワードは銃を取り出していました。
その武器を見て、ジプシーたちはたじろぎました。
ドラキュラ伯爵は、赤い目を勝ち誇ったように光らせて、土の入った箱に横たわっていました。日はもうほとんど沈みかけていました──これで彼は逃げ出し、どんな姿にも変れるのです。その瞬間、クィンシー・モリスが伯爵の胸に深くナイフを差しこみました。

 まるで奇跡のようでした。ドラキュラの顔に安らかな表情が一瞬横切り、そして、体は粉々のちりになって消えてしまいました。ドラキュラ城は空に映えてそびえ立ち、崩れかけた胸壁の石の1つ1つが、沈みかけている日にくっきり描き出されていました。
クィンシーはうめくと、崩れるように地面に倒れました。ジプシーのナイフがささったのです、みんなは彼のそばにかけ寄り、ミーナは彼の手を取りました。
「呪いはとけたんだ」 彼はこうため息をついて言いました。
そして、友人たちが嘆き悲しむなか、彼は死んでしまいました。
彼の死は無駄ではなかったのです。ミーナの顔からは、吸血鬼の印が消えていました。もう彼女は大丈夫なのです。ドラキュラ伯爵は永久に消え去ったのです。


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