レディバードブックス100点セット
 

 

ミイラ

 デイヴィッド・スミスは悪夢にうなされ、寝苦しくなってベッドの中で寝返りをうちました。夢の中の場面は奇妙な地下室でした。どうしてそこへ行ったのか、彼にはわかりませんでした、足が重くて動くことができませんでしたから。
その部屋には、いくつかの石のテーブルがあり、どのテーブルの上にも亜麻布でぐるぐると巻かれたエジプトのミイラがのっていました。奇妙なつぶやくような音がしはじめるとすぐに、すべてのミイラの包帯がほどけだしました、そして1枚1枚と布がはがれるにつれて、バリバリと音がしました。

 最後のひと巻きが床の上に落ちると、蒸気のようなものがミイラから立ちのぼり、小さな煙がたなびくかのようでした。
この幽霊のような煙が蓄積されると、顔や手足が姿を現し、かん高い泣き声が、なかば開いた口から発せられるのが、スミスに見えました。
彼は目をおおいました、しかしその幻影は目から離れません。灰色のミイラが彼のまわりを身軽に動きまわり、指で軽く首にふれました。次に、彼らは恐ろしい姿に変り、彼らとともに、災いと死のいやな胸が悪くなるような臭いがたちこめました。
スミスは夢の中ではげしくもがき、眠りの束縛からやっと逃れて、自分が今生きている時間、1884年の夏にもどりました。
オックスフォードのオールドカレッジの自室にある、自分のベッドの中にいるのだとわかって安心しましたが、それでもしばらくの間、彼は恐ろしくてふるえていました。

 彼が気を落ち着ける間もなく、大きな悲鳴が建物じゅうに長ながと響きわたりました。それはおさえられないくらい動揺した男の悲鳴でした。スミスはベッドからとびだしました、心臓がドキドキしました。
その悲鳴は、すぐ下の部屋のべリンガムか、下の階のリーの悲鳴にちがいありませんでした。その狭い建物には他の学生は住んでいませんでしたし、その声は非常に近かったので、召使の住む階から出たものとは思われませんでした。
階段をドタドタと走る音がして、ウィリアム・リーが満足に服も着ず、青い顔をして部屋にとびこんできました。
「君は医学生だろう、スミス」 と、彼はあえぎあえぎ言いました。「おりてきてくれ。ベリンガムが病気なんだ」

 スミスは彼の後について、石の螺旋階段をおりて、ベリンガムの居間に入りました。
その部屋は書斎というよりは博物館でした。壁も天井も過去の遺物でいっぱいでした。
武器を持った像とか、長円形の目をした古代エジプトの王とか、エジプトの雄牛や、コウノトリや、猫や、フクロウの彫像とかが、ごちゃごちゃに置かれていました。日の神ホーラス、豊じょうの神イシス、主神オシリスが、どの棚からも見下ろしていました。天井からは、口を開けたナイルワニが、2本のなわでつり下げられていました。
そのなかでもとりわけ目立つのは、大きな四角いテーブルにのっているミイラでした。それは炭化した頭と、獣の爪のような手と、骨ばった前腕をもつ、しぼんだものでした。そのそばには黄ばんだ羊皮紙の巻物がありました。ミイラの棺は壁に立てかけてありました。
ベリンガムは、頭をのけぞらせ、目をかっと開けてワニをみつめ、唇を紫色にし、息使いも荒く、ひじかけ椅子にすわっていました。

 「何てことだ。彼は死にかけている」 と、リーがヒステリックに叫びました。
「いや、気絶しているだけだ。リー、ちょっと手を貸してほしいんだ。足を持ってくれ。それでいい。さあ、彼をソファーに寝かせよう。カラーをゆるめて、水を少し顔にかければ、すぐに正気づくだろう。彼は何をしていたのかね」
「ぼくは知らないよ、スミス。彼が悲鳴をあげたので、ぼくはすぐにかけつけたんだ。ぼくは彼をよく知っている。妹のイーヴと婚約しているからね。おりてきてくれて、ありがとう」
スミスはベリンガムの胸に手を当てました。
「彼の心臓は太鼓のように脈うっている。何かにおどろいたんだ。彼の顔を見てみろ。残りの水を顔にひっかけよう」

 2人の学生はベリンガムをじっとみつめました。彼の顔は魚の腹のように白いのでした。茶色の髪は逆立っていました。彼の明るい灰色の目はかっと見開かれ、前方をまっすぐみつめていました。
「なんで彼はそんなにびっくりしたんだろう」 と、スミスはたずねました。
「ミイラにちがいないさ」
「ミイラだって、どうして」
「ぼくにはわからないよ。こんなことが起ったのは二度目なんだ。去年の冬、まだ君が引っ越してくる前のことだが、彼がある夜、大声で叫んだんだ。まったくこんなふうだった、あの胸が悪くなるようなやつを前にしてさ」
スミスはいぶかりました。
「そんなにおびえるのなら、なぜ彼はこんなものを研究しているんだろう」
「彼は過去のことに夢中なんだ」 と、リーは答えました。「彼は、ぼくの知っている誰よりも古代エジプトについてよく知っているんだ。ああ、正気づいたらしいぞ」

 ベリンガムの顔にわずかながら赤味がさし、まぶたがふるえました。彼は手を握ったり開いたりし、歯の間から、かすかにスーツと息を吸いました。
彼は今自分がどこにいるのか知ると、ソファーからとび起きて羊皮紙の巻物をつかみ、それを机のひきだしに入れて鍵をかけました。
「何が起ったんだ。君たち2人はここで何をしているのかね」 と、彼はたずねました。
「君は大きな悲鳴をあげ、たいへんな騒ぎを起したんだ」 と、リーは答えました。「もし隣人のスミスが来てくれなかったら、君をどうしたらいいかわからなかったよ」
「ありがとう、スミス」 と、ベリンガムは椅子から彼を見上げて言いました。

 そう言いながら、ベリンガムは、頭をかかえて、突然ヒステリックに笑いだしました。
「おい、やめろよ」 と、スミスは彼の肩を乱暴にゆすって叫びました。
「君の神経はすっかりまいっている。君はしばらくの間、休息をとって静かにしていなければらない、そして、真夜中にこんな仕事をするのはやめるんだ、そうしないと頭がおかしくなるよ。君はすっかり興奮している」
「君たちがもしあれを見ていたら、ぼくほど冷静にしていられるだろうか……」と、ベリンガムは言いました。
「何を見たらかね」
「いや、何でもないよ。君たちもミイラと同じ部屋で夜遅くまで起きて平気でいられるかなと思っただけさ。たぶん君たちの言うことは正しいだろう。ぼくは少し働きすぎたよ、しかしもうだいじょうぶだ。どうかもう少しいっしょにいてくれ」
「この部屋はとても息がつまるね」 と、リーが言いました。「窓を開けて空気を入れるよ」
「これは芳香性の樹脂だ」と、ベリンガムが言いました。

 彼は、ミイラのそばのテーブルの上にあるシュロのような植物の葉を取り、それをランプのほのおの上にかざしました。強く刺すような香りが煙とともに立ちのぼりました。
「それは古代の聖職者の神聖な植物なんだ」 と、ベリンガムが説明しました。「君たちは東洋の言語を何か読めるかね、スミス」
「いや、ぜんぜんわからない」
ベリンガムはそれを聞いてほっとしたようでした。それから彼は続けて言いました 「ぼくはどのくらい気を失っていたのかね」
「4、5分間くらいだろう」
「そうか。そんなに長くはないと思っていたよ。さて、このミイラは四千年前に防腐処理を施されたんだ。彼はとてもいい状態だから、まるで昨日死んだばかりだと思うくらいだ」
スミスは医学者の目でミイラをみつめました。顔は色あせてはいましたが、ほとんど完全でした。2つの木の実のような目がうつろな眼窩の中に沈んでいました。頬骨の上に皮膚がしっかりと張っており、つやのない黒髪が耳にたれていました。ネズミのような歯が下唇にふれていました。
スミスが気になったのは、曲げられた関節や、伸ばされた首のあたりに力がこもっているように思われたことでした。あばら骨には羊皮紙のようなおおいがしてあり、下半身には、死体処理をした人が何世紀も前にしるしをつけた長い切れ目がありました。
目の荒い黄ばんだ包帯が足をおおっていました。ミルラ(薬剤用の香気のある樹脂)と桂皮(番味料)の小片が体じゅうにまかれていました。

 「これの背たけは6フィート7インチある」 と、ベリンガムはそのしわだらけの頭をなでながら言いました。「ぼくはこれの名前を知らない、そこで249番と呼んでいるんだ、ぼくがせり市で買ったとき、彼の番号がそれだったからね」
リーは嫌悪の念をもってそのミイラを見て、かすかに体をふるわせました。ベリンガムも平静ではありませんでした、彼の下唇はまだふるえていましたし、彼の手もふるえていて、ミイラから目を離すことができないようでした。
スミスが椅子から立ちあがると、彼は 「まだ出ていかないでくれ」 と叫びました。
「いや、もう行かなくては」 と、スミスは答えました。「君はもうだいじょうぶだ。もしもぼくが君なら、神経にもう少しさわらない研究をするがね」
「ぼくだっていつもこんなふうじゃないよ。ぼくは包帯をほどいたことだってあるんだ」
「君はこの間、気絶したじゃないか」 と、リーが言いました。
「そうだったね。えーと、ぼくは神経強壮剤かなにかを飲まなくちゃならない。リー、君がよければ、君の部屋のソファーに寝かせてくれないか。今夜ひと晩だけ」
ベリンガムはスミスの方に向いて、握手しました。「おやすみ、スミス。ばかなことをして迷惑をかけてすまなかったな」

 ベリンガムとスミスの付き合いは、こんなふうに奇妙に始まりました。
信頼でき、たよりになるスミスは、激しやすいベリンガムに強い印象を与えたようでした、というのも、ベリンガムは、しばしば、この医学生を訪問して、彼に本や雑誌や論文を貸したり、古代エジプトについて長時間話をしたりしたからです。
スミスは、ベリンガムは才気あふれているが、その頭のよさにもかかわらず、狂気のきざしがあるという見解をもちました。
彼はまた、ベリンガムには夜遅く1人でモグモグ言ったり、つぶやいたりする癖があることにも気づきました。スミスはそれに邪魔されて仕事ができなくなり、ベリンガムにそのことを話しました。それを聞くと、このエジプト学者はたいへん腹を立て、そんなことはしていないと否定しました。

 たとえスミスが自分の聴覚になんらの疑いをもったにしても、まもなく、自分が聞いたことはたしかだったとの確証を得たのでした。3人の学生の世話をしてくれている、年とった召使のトム・スタイルズが、ある朝スミスの部屋を掃除しながら話しかけました 「ちょっといいですか、だんな、あなたはベリンガムさんがだいじょうぶだとお思いですか」
「だいじょうぶって? スタイルズ」
「頭がだいじょうぶかっていう意味です、だんな」
「もちろん、何でもないさ。なぜ彼がおかしいと思うのかね」
「あの人は、昔のあの人と変ってしまいました。何か恐ろしいことを、ひとりつぶやいています。彼のすぐ上にお住いなので、あなたの邪魔になるのではないかと私は思っています。彼をどうしたらいいのか、私にはわかりませんが、だんな」

 「君の知ったことじゃないよ、スタイルズ」
「たぶんそうでしょう、だんな。しかし、彼が不在で、ドアに外側から鍵がかかっているときに、彼の部屋からときどき聞えてくる物音が何だろうって思うんです」
「君はばかなことを言うね、スタイルズ」
「私はこの耳でその物音を何回か聞いたんですよ」
「ばかばかしい」
「まあいいでしょう、だんな。ご用があったらベルを鳴らしてください」
スミスは、日中はそのことについてそれ以上は何も考えませんでした。しかし、夜遅くなって、スタイルズの言ったことが思い出されてきました。
ベリンガムが彼のところに遊びにきていて、上エジプト(エジプトの奥地の方)の者の墓について話していました、そのとき、とても耳がいいスミスに、階下のドアの開く音がはっきりと聞えました。

 「誰かが今、君の部屋に入ったか出たかしたよ」
ベリンガムはとびあがりました。
「ぼくは、たしかに鍵をかけたよ」 彼はどもりながら言いました。
「たぶん君は鍵をかけただろう、しかし誰かが階段をのぼってぼくたちのところへやってくるぞ」
ベリンガムはとびだしました。階段を半分ほどおりたところで彼が止まるのがスミスに聞えました。何かささやく声がしました。すぐに階下のドアがしまり、鍵が錠の中にさしこまれる音がしました。ベリンガムがスミスの部屋にもどってきました。顔色は青白く、ひたいには汗が光っていました。
「何でもないよ」 と、彼は言いました。「ぼくの犬だった。犬がドアを開けたんだ」
「君が犬を飼っているとは知らなかったな」 と、スミスはベリンガムの緊張した顔を考えこむように見ながら言いました。

 「飼っているんだ。彼は厄介ものでね。忘れずに鍵をかけなくてはならなんだ」
「なぜだい。ドアに鍵をかけなくても、閉めるだけで十分だとぼくは思うがね」
「うん、スタイルズがまちがってぼくの犬を外に出したりするかもしれないからね。大事な犬なんだ。ぼくは彼を失いたくないんだ」
スミスはベリンガムをじっとみつめました。「ぼくは犬については少し知っているんだ。君の犬を見せてくれないかな」
「いいとも。しかし、今夜はだめだよ、ぼくは約束があるんだ。おやおや、もう遅刻だ。これで失礼するよ」
そう言いながら、彼は出ていきました。彼が部屋に入り、内側から鍵をかけるのが聞えました。彼は約束には出かけなかったのです。

 スミスは、ベリンガムが二度うそをついたのがわかりました、階段の足音は動物の足音ではなかったのです。では、それはいったい何だったのでしょうか。
彼は仕事にとりかかりましたが、すぐにまた邪魔がはいりました。今度は親友のへイスティという学生でした。
「スミス、まだ勉強しているね。いいかい、たとえ地震がおきて、オックスフォードを破壊してしまっても、君は本を読みながら廃虚の中で静かにすわっているだろうね」
「何かニュースがあるのかね」
「たいしたことはないよ」 へイスティはしばらくの間、クリケットやボートレースや運動競技のことを漫然と話しましたが、別のことに思いあたりました。
「ところでスミス、君はノートンについて何か聞いたかね」
「いいや、聞いてないよ」
「彼は校門から百ヤードほどのところで攻撃されたんだ」
「誰に……」

 「“何に”と言った方が真実に近いんだ。ノートンはそれが何なのかわからないと言っている、そして、彼ののどに奇妙なひっかき傷があるんだ」
「それじゃ、何が攻撃したんだ」
「わからないんだ。ノートンは、毎晩だいたい同じ時間にその場所を通ると言っている。レイニー庭園の大きなニレの木が道におおいかぶさっていて、その木から何かが彼の上に落ちてきたんだ。それは彼ののどをつかんだんだ。幸いなことに、誰かが近づいてきたので、それは逃げていった。ノートンはそれをチラッとも見なかったんだ」
「きっと泥棒だよ」 と、スミスは言いました。
「おそらくそうだろう。ねえ、君の愉快な隣人ベリンガムがそれを聞いたら喜ぶだろうな。彼とノートンは憎み合っているからね。去年の冬2人は大げんかしたんだ。ぼくが知っているかぎりでは、ベリンガムは、ほんのちょっとした借りでも忘れるような男ではないからね」

 へイスティが行ってしまうと、スミスは落ち着いて勉強していられなくなりました。その日の不思議なできごとと、ノートンがおそわれた事件で頭がいっぱいになったのです。
「ベリンガムのやつ」 と、スミスは本を放り投げて叫びました。「やつはぼくの夜の読書の時間をだいなしにした、それだけで、以後やつを近づけない十分な理由になる」
10日の間、スミスは熱心に勉強しました。ベリンガムがいつドアをノックしても、彼はいないふりをしてじっと静かにしていました。
しかしある日の午後、彼がらせん階段をおりていくと、ベリンガムの部屋のドアがばたんと開いてリーが出てきました、彼の顔は怒りで真赤でした。彼のすぐうしろにベリンガムが、激情にかられて体をふるわせながらついてきていました。

 「君はこのことを後悔するぞ、リー」 と、彼は非難するように言いました。
「そうかもしれないな、しかし、婚約は破棄だ。イーヴはぼくの言うことをきくさ。彼女は君と結婚するよりは墓場に入った方がましだとぼくは思うよ。ぼくたちはもう二度と君には会いたくない」
「君は話さないと約束したね」
「心配するな。約束は守るよ。唇に封をしてね」
スミスにはそれ以上聞きませんでした、彼は2人のけんかに巻きこまれないうちに、急いで階段をおりたからです。リーが妹に二度とベリンガムと会わないようにさせるとは、明らかに重大なことでした。スミスは、なぜ2人が絶交するようになったのか、リーがだまっていると約束すると言ったのは、どんなことなのだろうかと思いました。

 やがて彼は川に着き、午後いっぱいボートレースを見て過しました。優秀なこぎ手のへイスティが、スカルの決勝戦に大差で勝ちました。スミスが部屋にもどろうとしていると、誰かが肩にさわりました。それはリーでした。
「ある重大なことで君に話があるんだ、スミス。ぼくはあの部屋を出て川のそばのあの小屋に引っ越すんだ。

 もしぼくが君だったら、ベリンガムから離れて、どこかほかのところに住むんだがな」
「なぜだい」
「理由は言えないんだ」 リーは答えました 「だまっていると約束したんでね。ぼくが言いたいのは、ベリンガムはそばに住むには危険な人物だということだ」
「それはどういうことかね」・
「ぼくは話せないんだ。ぼくたちは今日、大けんかをした。君も通りがかりに気がついたにちがいない」
「何か悪いことが起ったのだろうとは思ったが」
「彼が気絶したあの夜から、ぼくは彼に疑いを持っていた、そして今日、彼はぼくをギョッとさせるようなことを言ったんだ。彼がイーヴと結婚しないうちにわかって、ほんとうによかったよ」
「悪いけど、リー、ぼくがもっともだと思う理由を君が言ってくれなければ、ぼくはとても居心地のいい今の宿舎を移る気にはとてもなれないよ。ぼくはベリンガムにしろ、他の誰にしろ、こわくないんだからね」
「いいだろう。ぼくは君に警告することができるだけだからね」
そう言って彼らは別れ、スミスは部屋にもどりました。

 その晩8時ごろ、彼は散歩することにしました。外に出る途中で、彼はベリンガムに借りていた本に気がつきました。まだ返していないのをすまなく思い、その本を持って下におりました。彼はベリンガムのドアをノックしましたが、返事はありませんでした、鍵はかかっていませんでした。
会わないですむのでほっとして、スミスは部屋の中に入り、本をテーブルの上に置きました。
ランプは暗くなっていましたが、部屋の中の様子は、はっきりわかりました。動物の頭をした神々、天井からぶら下がっているワニ、巻物や乾燥した植物の葉がちらばっているテーブルなど、その部屋はこの前見たときと、だいたい同じでした。ミイラの棺は壁にまっすぐ立てかけられていましたが、ミイラは見当りませんでした。

 スミスはベリンガムを不当にあつかってきたと思いました、もし彼に何か隠すものがあるのなら、誰にでも入れるようにドアに鍵をかけないままにしておくなどということをしないだろうと思ったからです。
らせん階段は真暗でした。スミスはそのでこぼこの階段をゆっくりとおりていきました。すると、暗やみのなかで何かが自分のそばを通りすぎるのに気づきました。かすかな音が聞え、風がそよぎ、ひじになにかが軽くかすりました、しかし、ほんの軽い接触だったので、ほんとうにふれたのかどうかわかりませんでした。
彼は立ち止まって、耳をそばだてました。風が外のツタの葉をサラサラ鳴らしていましたが、ほかの物音は何も聞えませんでした。
「スタイルズかい」 と、彼は叫びました。
答はありませんでした。スミスは階段をおり続けました。

 頭の中で、今起ったことを思いめぐらせながら、彼が1階についたとき、誰かが芝生の上を彼の方へ走ってきました。
「スミスかい」
「やあ、ヘイスティ」
「後生だからすぐ来てくれ。リーがひん死の状態で川から引っぱりあげられたんだ。医者は不在でね、医者の次には、君が一番の適格者だ。いっしょに来てくれ。ハリントンが彼についているんだ」
「ブランディはあるかね」
「いいや」
「ぼくのびんを持ってくるよ」
スミスは階段を急いでのぼり、ブランディのびんをつかみ、それを持って急いでおりかけましたが、そのときあることに気がついて、彼は足を止めました。

 彼はベリンガムのドアをさっき閉めました。今それは大きく開いていました。彼がベリンガムの部屋を出たときには、ミイラの棺はからっぽでしたが、今はそうではなかったのです。その中には、恐ろしい硬直したミイラの体が顔をドアに向けて立っていました。それは生命がないように見えていましたが、スミスがじっと見ていると、そのくぼんだ目の中にエネルギーのきらめきと、意識のかすかなしるしが見えました。
階段の下からへイスディの声がして、スミスは我に返りました。
「急いでくれ、スミス」 と、彼は叫びました。「短距離競走をしなくてはならないぞ」
肩を並べて、だんだん暗くなるなかを彼らはかけだし、その家に着きました。

 リーはソファーの上に長ながと横たわっていました、びしょびしょにぬれ、髪の毛には緑のもずくがつき、唇には白い泡がついていました。彼の友人のハリントンが、硬直した手足に暖かさをとりもどそうとこすっていました。
スミスはリーの唇に時計のガラスを当てました。「いいぞ」 と、彼は言いました 「ガラスがくもっている。彼はまだ生きているぞ。片方の腕を持ってくれ、ヘイスティ。さあ、ぼくの言うとおりにやってくれよ、まもなく彼は回復するだろう」
意識不明のリーの胸をふくらませたり、押し下げたりして、彼らは10分間ほどだまって働きました。しまいには、リーの体にふるえが走り、唇がふるえ、リーは目を開けました。他の3人の学生はわっと喝采しました。
「おい、起きろよ」 と、ハリントンが言いました。「びっくりするのはもうたくさんだよ」

 「彼にまずプランディをやってくれ、それから、何が起ったのか話してもらおう」 と、ヘイスティが言いました。
「ぼくたち2人はここで本を読んでいたんだ」 と、ハリントンは説明しました。「しばらくして、彼は散歩にでかけた。そのすぐあとで、悲鳴が聞え、バシャンと水音がしたんだ。ぼくが彼を引っぱりあげたときには、彼はまったく生きている気配がなかった。医者は不在だし、ぼくには手助けが必要だった。そのとき幸運にも、ぼくは君に出くわしたんだ、ヘイスティ、君に会わなかったら、ぼくはどうしたかわからないよ」
リーは手で支えて体を起しました。「何が起ったんだ」 と、彼はたずねました。「ああ、そうだ。思い出したぞ。水だ」 恐怖の色が彼の目に浮かびました。
「どうして君は落ちたんだ」
「ぼくは落ちたんじゃないよ」
「しかし、ハリントンがみつけたとき、君は川の中にいたんだ」

 少したって、リーはゆっくりと言いました 「ぼくは投げこまれたんだ。ぼくが川の土手にたっていると、何かがうしろからぼくをかかえあげて投げこんだんだ。何も見えなかったし、何も闘えなかった、しかし、それが何なのかわかっている」
「ぼくもそうなんだ」 と、スミスがささやきました。
リーはおどろいて彼をみつめました。「君もわかったのか」 と、彼は言いました。「覚えているかい、ぼくは君に警告したぞ」
「そうだ、君は警告してくれた、今は君の忠告に従うよ」
「君たち2人は、いったい何をやっているんだい 」と、ヘイスティがなじるように言いました。「おしゃべりするよりは、リーをベッドに寝かせる方がいいと思うよ。リーがもう少しよくなってからしゃべればいいじゃないか」

 学寮へもどる途中、スミスはだまってその晩のできごとをあれこれ考えめぐらせました。ミイラが棺からいなくなったこと。階段の上で通りすぎていった、あの何か。ミイラが棺にもどっていたこと。ノートンへの乱暴と非常によく似たリーへの攻撃など。2人ともべリンガムが恨みをいだいている人間でした。
スミスは自分の疑惑についてヘイスティに話しませんでした。へイスティに話せば、スミスは見まちがいをしただけで、ミイラはずっと棺の中にいたんだと言うことでしょう。彼は、リーがあやまって川に落ちたのだ、階段の物音も風だったのだと言ったことでしょう。立場が逆だったら、自分でもヘイスティとまるっきり同じことを言っただろうということが、スミスにはわかっていました。
しかし、ベリンガムが殺意をもった邪悪な男だということをスミスは知りました。そして彼は、誰も使ったことのない武器を使っていたのです。

 別れるとき、ヘイスティが乱暴に言いました 「君は、今夜親切だったし、まちがいもしなかったよ。リーのところを出てからほとんどしゃべらなかったじゃないか。おやすみ」
スミスは芝生を横切って、階段をあがりました。2階に着くと、ベリンガムの部屋のドアが開きました。
「こんばんは」 と、彼はていねいに言いました。「入りませんか」
「いいや」 と、スミスは怒って答えました。
「おお、まだあいかわらず勉強ですか。リーのことについて聞きたかったんです。彼が事故にあったと聞いたもんで」 彼はまじめな顔をしていましたが、あざけるような口調でした。
「そうだよ」 と、スミスはかみつくように言いました 「しかし、彼が危機を脱したと聞けば残念だろうね。君の計画も、今度はうまくいかなかったな。これで君のことはみんなわかったぞ」

 ベリンガムはあとずさりして、ドアを半分閉めました。「君は何を言っているのかね。ぼくは関係ないよ」
「ぼくは、君と、君のうしろのあのひからびたやつが共謀してそれをやったんだと言っているのさ。いいか、ベリンガム、もし君と関係のある誰かが死んだら、ぼくは君を告発するぞ。君が絞首刑にならなくても、ぼくのせいじゃないがね」
「君は気が狂っているんだ」 と、ベリンガムは冷静に言いました。そう言うと彼はドアをばたんと閉めました、そして、スミスは怒って自分の部屋に入りました。
彼は気をしずめるために、しばらくの間、本を読みました。やがて彼は服を脱ぎ、ベッドに入り、ランプを消し、眠りに落ちました。

 一時間かそこらたったころ、彼は物音に目を覚しました。彼はひじをついて体を起しました。部屋のすみでは時計が時を刻んでいました。遠くの方で犬が吠えました。近くの通りを辻馬車がガラガラと通っていきました。
暗やみのなかから、規則正しい息づかいが聞えました。何かが部屋の中にいました。それは壁にそって彼のベッドに進んできました。
スミスは動けませんでした。足は氷のように冷たく、手はヒリヒリと痛み、冷汗が顔と背中に流れました。
暗やみのなかで、かすかに光る2つの目が彼をみつめていました。ひどく静かでした。スミスは、死んだ文明の遺産と2人きりでいるのがわかりました。

 それの頭はすぐ近くにありました。彼はまっすぐそれの目をのぞきこむことができました。獣の爪のような指が、スミスの顔をさがしてベッドの支柱をひっかきました。すえたような息の臭いがして、スミスは吐きそうになりました。それは身をかがめました──とびかかろうとして。
スミスは、次の瞬間が自分の運命を決しようとしているのだと感じました。指は鍵をかけられたように動かず、筋肉はけいれんし、力はなくなっていました、しかし、彼は勇気をふるい起して、恐怖の叫びをあげました。
するとすぐに大音響がして、彼の部屋の重いドアが閉まり、その古い建物全体をはげしく揺るがすような音がしました。
ふるえる指で、スミスはランプに火をつけました。
彼の叫び声は召使のいる階にも聞こえたにちがいありません、スタイルズが階段をかけあがり、息をはずませてスミスの部屋に入ってきたのです。

 「階段で何かに会わなかったかい、スタイルズ」 と、スミスは弱々しい声でたずねました。
「いいえ、だんな。わたしはあなたの叫び声を聞き、ランプの灯を見て、まっすぐあがってきたのです」 と、スタイルスはあえぎながら言いました。
「それでは、階段の上で、何か聞えなかったかい」
「いいえ、だんな」
「何かが、ぼくを攻撃しに部屋に入ってきたんだ」
「ベリンガムさんのところへ行って調べてみましょう」
気力をとりもどしながら待っていると、ベリンガムの部屋をノックする音が聞え、少したつと、スタイルズのもどってくる足音が聞えました。
「部屋の中に何か物音がしていましたが、彼を起すことはできませんでした。スミスさん、私があなただったら、ベッドに入って少し休みますがね。あなたは悪い夢を見たんです。それだけですよ」

 スミスはドアに鍵をかけ、さらにかんぬきもかけました、しかし、眠りにはつきませんでした。彼はひじかけ椅子にすわって、窓をじっとみつめ、夜明けを待ちました。
翌朝、スミスはベリンガムの姿を見かけませんでした。しかし、ハリントンがやってきて、リーはかなりよくなり、ほとんど回復したと言いました。
1日じゅう、スミスは本を読み続けました、しかし夕方近くになると、いなか道を散歩して友人のピーターソン博士を訪問するほうが、下宿の緊張した雰囲気の中にいるよりはずっと体にいいだろうと思いました。
スミスは元気よく歩きだし、いなかの新鮮な空気を肺まで吸いこみました。学寮は町のはずれにあり、彼はまもなく、ピーターソン博士の家に続く小道を元気よく歩いていました。月の光で、いけ垣も木も銀色に輝いていました。あたりには誰もいませんでした。

 彼は、博士の家への長い砂利の車道の入口になっている鉄の門に着きました。窓からもれる居心地のよさそうなあかりが、木々の間にちらちらしていました。スミスは門の鉄のかんぬきにふれながら、今来た道をふり返りました。
何かが急いでこちらへやってくるところでした。
そのものは、いけ垣の影の中を動いていました。それが近づいてくるにつれ、スミスは彼の夢にいつもつきまとう細い首と2つの目を認めました。
恐怖の叫び声をあげて、スミスは向きを変え、砂利の車道を命がけでかけだしました。
門が開き、次に閉まるのが聞え、彼を追いかけてくる速い足音が聞えました。スミスは暗やみのなかをやみくもに走りました。恐ろしさに肩ごしにふり返ると、目を光らせ、骨ばった腕を伸ばした、その恐ろしいものが、彼に追いついてきていました。近づくにつれて、のどでしゃがれた、ゴロゴロいうような音が聞えました。
スミスはドアに身を躍らせ、それを開け、かんぬきをかけて、広間の床に半ば気を失って倒れました。
「いったいどうしたのかね、スミス」 と、書斎のドアから博士が叫びました。
「どうか、まずブランディを少し」
「だいじょうぶかね」 と、博士はスミスがひと飲みにブランディを飲みほすのを見て言いました。「君はまるで幽霊のように真青だよ」
「今晩ここに泊めてくれるかい、ピーターソン。暗やみのなかであの道をもどるなんてとてもできやしない」
「もちろん泊まっていってもいいさ。さあ、ぼくの書斎に来て、どうしたのか話してくれ」

 スミスは話しました。彼はベリンガムを看護してくれとリーがやってきた夜のことから、今起ったばかりの自分を殺そうとした襲撃のことまで、順序立てて話しました。
スミスが話し終ると、ピーターソン博士はパイプをふかしながらしばらくだまっていました。ついに彼は言いました 「ぼくは今までにそんなことは聞いたことがないよ、一度も聞いたことがない。もしそんなできごとがほんとうに起ったことなら、君はそれをどう解釈するのかね」
「ぼくは思うんだ」 と、スミスが静かに言いました 「ベリンガムが東洋についての研究から、ミイラ──たぶん彼のミイラだけだろうが──を、ほんの短い時間だけでも、生き返らせる方法を発見したんだろう。それから、自分の目的のためにミイラを使おうという考えが彼に浮かんだんだ」
「君は、ノートンと、リーと、君自身がおそわれたことをいっているのかね」

 「そうだ。彼が恨みをいだいているすべての人間だ。彼が3つの殺人をおかさないですんだのは単に偶然なんだ」
「おい、スミスくん、君はあまりにも重大に考えすぎているようだ。君は勉強しすぎて神経がまいっているんだ。今夜、君はベリンガムのことで頭がいっぱいでここにやってきた。誰か浮浪者が君のあとをそっとつけてきて、君がこわがって逃げるのを見たので、君から何かを奪いとろうとして追いかけてきたんだ。ほかのことは君の想像だよ」
「いや、いや。想像なんかじゃない」
「君がベリンガムに強い疑いをいだくにはそれだけの理由があると、ぼくも認めるよ、しかし、たしかな証拠はない。このことを警察に訴えれば、君は笑われるだろうよ」
「それはぼくにもわかるよ」 と、スミスは沈んだようすで答えました。
「それだから、ぼくは自分でこの問題を処理するつもりなんだ。ぼくは自分の安全のためにそれをやらなければならないんだ」

 「何をやるのかね」
「まず、ぼくは君に話したことを全部完全な書類に書いておこうと思う。それから、君に証人として署名し、日付を書いてもらいたい。日付がとても重要なんだ」
「なぜだい」
「ぼくは、これからしようとしていることのために逮捕されるかもしれない、そしたら、ぼくに有利な証拠として、君がこの書付を提出しなければならなくなるだろうからね」

次の日の朝、スミスはゆっくりとオックスフォードにもどりました。9時ちょっとすぎに、ハイ・ストリートにあるクリフォード銃砲店に行って、ピストルを1丁と弾丸を1箱買いました。ピストルに弾丸を6発つめ、撃鉄を半分起して、それを注意深くオーバーのポケットにしまいました。それから、彼はへイスティの部屋に向かいました。

 「ヘイスディ、何も聞かないでぼくの頼みどおりにしてもらいたいんだ」
「いいとも」
「重いステッキを持っていってくれ、そして、君の一番長い切断刀をぼくに貸してくれ」
「おい、君はけさ戦いに出るのかね」
スミスは切断刀を上着にしまい、ヘイスティを連れて芝生を横切ってべリンガムの部屋に向かいました。
「ぼくひとりで、できると思うんだ、ヘイスティ」 と、スミスはむっつりしたようすで言いました。「相手がベリンガムだけならば、君を必要とはしない、しかし、もしぼくが叫んだら、できるだけはやく階段をあがってきてくれ」
「わかった、ここで待っているよ」

 「しばらくしたら帰ってくるから、ぼくがまたここにおりてくるまで、動かないでいてくれ」
スミスは階段をのぼり、ベリンガムの部屋のドアを押し開けて、中に足を踏みいれました。ベリンガムは机の前にすわって、何か書いていました。
スミスはたいへんゆっくりと部屋を横切ってだんろへ行き、マッチをすって火を燃やしました。ベリンガムは、顔におどろきと怒りの表情を浮かべて彼をみつめました。

 「ちょっとくつろいでくれよ、スミス。ぼくにかまわないでくれ」 と、彼はあえぎながら言いました。
スミスは答えませんでした。彼は腰をおろして時計をテーブルの上に置き、挙銃をとりだして撃鉄を起し、それを時計のそばに置きました。それから彼は、切断刀をベリンガムの目の前に投げつけて言いました 「さあ、仕事を始めてもらおう。あのミイラを切りきざむんだ」
「おお、そんなことかい」 と、ベリンガムは冷笑しました。
「そうだ。人は、法律がきみにふれることはできないと言っている、しかし、ぼくにはぼくの法律があるんだ。1分だけ待とう。1分たっても君が始めなければ、君の頭に弾丸をぶちこむぞ」
ベリンガムの顔色はパテ(小さなパイ)のように白くなりました。「君はぼくを殺すつもりか」
「そうだ」
「理由はなんだ」
「君の悪事をとめるためだ」
「しかし、ぼくが何をしたんだ」
「自分でもよくわかっているだろう」
「君は気が狂っている、スミス。なぜ、ぼくが自分の財産をこわさなければならないのだ。それはとても貴重なミイラなんだぞ」

 「君はそれを切りきざんで燃やさなければならない」
「そんなことはしないぞ」
スミスは拳銃とりあげて、ベリンガムに狙いをつけました。数秒がすぎました。スミスは引金に指をかけました。顔は無表情でした。
「わかった。言うとおりにしよう」 と、ベリンガムが悲鳴をあげました。
彼は切断刀をつかんで、ミイラをたたき切りました。切断刀を振るたびに、ミイラは割れ、ぽきっと折れました。濃い黄色のほこりがそれから立ちのぼりました。香料や乾燥香水が床に雨のように落ちました。突然、大きな音を立てて、ミイラの背骨がぽきっと折れて、それは床の上にぶざまに広がった手足の山になりました。

 「さあ、火にくべるんだ」 と、スミスが言いました。ミイラの乾いた各部分が火の上に山と積まれると、ほのおが大きくなり、こうこうと音をたてました。すぐに部屋は汽船の火たき室のようになりました。汗が2人の顔から流れ落ちました、しかし、スミスがこわばった顔で見張っている間、ベリンガムは身をかがめて働きました。
濃い煙が火から立ちのぼり、髪の毛や骨の焼ける臭いが部屋じゅうにたちこめて、ほとんど息もできないほどでした。
15分ほどたつと、ベリンガムは目に憎悪と恐怖の色を浮かべて、スミスの方を向いてあざけるように言いました 「たぶん、これで満足だろうね」
「いや、君のものをすっかり片づけてしまいたいんだ。この葉っぱや植物を火にくべてくれ、それらも関係があるかもしれしないからね」
「今度は何かね」 と、ベリンガムはそれらを火にくべてからたずねました。

  「何か書かれている羊皮紙の巻物だ。君が気を失った夜に持っていたものさ。そこの鍵をかけたひきだしの中に入っていると思うがね」
「だめだ、だめだ」 と、ベリンガムは叫びました。「あれはだめだ。あれは燃やさないでくれ。君は自分が何をしているのか、わかっていないんだ」
「ひきだしを開けろ」
「お願いだ、スミス。その中に何が入っているのか教えよう。君に訳してあげよう。君と共有してもいいんだ。わかったよ、しかし君がそれを燃やす前に、写しをとらせてくれよ」
スミスは立ちあがり、ひきだしの鍵をまわして、黄色くなった羊皮紙の巻物を取りだし、それを火の中に投げいれました。
ベリンガムは悲鳴をあげて、手を火の中に突っこみました、しかし、スミスは彼のえり首をつかみ、それと同時に、火がつくまで羊皮紙をかかとでほのおの中に押しいれました。

 「さて、ベリンガムくん」 と、スミスは彼を放して言いました 「ぼくは君のささやかな遊びをやめさせたと思うよ。もしぼくが君だったらこの学寮から出ていくがね、というのは、もし君がまたいたずらを始めたとぼくが疑いをもったら、また君を訪問するからね。さあ、ぼくは勉強にもどろう」
ドアがしまり、ベリンガムはひとり残されました。彼は火の方に頭を向けました。
焼けこげてもろくなった少しばかりの棒だけが、249番の残がいのすべてでした。


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