レディバードブックス100点セット
 

 

ジャングルブック

人間の子

ジャングルの暖かい夕方のことでした。丘の高いところにあるほら穴の中に、お母さん狼が、まわりで4ひきの子どもたちを遊ばせたり、ころげまわさせながら横になっていました。お父さん狼は、一日の休息からめざめて、あくびをし、たくましい脚をのばしました。狩にいく時間なのでした。
突然、血も凍らせるようなうなり声があたりにひろがりました。狼たちはその声のことを知っていました。それは虎の声でしたが、並みの虎ではありません。
母さん狼はほら穴からのぞきました。近くの木の葉が、カサカサなりました。しげみの中から小さな褐色の赤ちゃんがはいだしてきたので、びっくりしてじっと見つめました。「早く、その小さな赤ちゃんを連れてきて」彼女は、父さん狼にいいました。すぐに父さん狼は、赤ちゃんのところにいきました。
彼は、自分の子をくわえるときのようにやさしくくわえました。彼の鋭い歯は、そのやわらかいはだに歯のあとさえつけませんでした。彼はその赤ちゃんを母さん狼の横におきました。赤ちゃんは座って笑い、それから、母さん狼にもっと近寄ろうと、子どもたちの間に割りこみました。
「何てやわらかいの」お母さん狼はためいきをつきました。「それに、私たちのことをちっともこわがっていないわ」
突然、ほら穴が暗くなりました。シア・カーンの大きな頭と肩が、入口をふさいだのでした。
「何がほしいのだ」父さん狼が、母さん狼と子どもたちの前に立ちふさがりながらたずねました。
「人間の子を追っている」シア・カーンはほえました。「子の両親は逃げてしまったが、その子がこっちへきたのを見たのだ。そいつをおれによこせ」
父さん狼は恐れませんでした。彼は、その大きな虎が、ほら穴にはいってこれないことを知っていました。
「その子はもう私たちのものだ」彼はいいました。
「何てことをいう。さあ、その人間の子をおれによこせ」怒ったシア・カーンはうなりました。
それを聞くと、母さん狼は前に飛び出しました。「人間の子は私のものよ」目を怒りにギラギラさせながら叫びました。「お前なんかに殺させるものか。いっしょに私たちの子の一人として暮らすのよ。そっとしておいて。ジャングルの自分の領分に帰りなさい」
シア・カーンはいいあっても無駄だと知りました。彼はほら穴をはなれましたが、離れながら、どなりました。「人間の子は、いつかはおれのものにしてやるぞ」そして、大またに丘を下りていきました。「あの虎を二度とお前たちに近寄らせないからね」母さん狼は、やさしく赤ん坊にいいました。赤ん坊はうれしそうにのどをゴロゴロならしました。
「この子を何て呼ぶの」 一番上のグレー兄さんがたずねました。「マウグリってよびましょう」母さん狼がいいました。「そして、大きくなったらシア・カーンを退治するのだ」父さん狼がつけ加えました。
マウグリは、むじゃきに笑いました。彼は、ジャングルで大きくなってから出会う冒険のことはまだ何も知りませんでした。

群れの会議

ある満月の夜、父さん、母さん狼は、4ひきの子どもたちとマウグリを岩の会議場につれていきました。そこは、特別な場所でした。新しく生まれた狼の子たちは、全部ここに連れてこられて、群れから審査されることになっているのでした。
母さん狼にとって心配なひとときでした。マウグリは、もう2週間も家族の一員として育てられていました。彼女はマウグリを自分の子と同じように愛するようになってきていました。けれども、マウグリがいてもいいかどうかを決定するのは群れでした。
岩の会議場の一番上に、群れのリーダーのエイケラが長くなってすわりました。その下にまるく輪になって40〜50頭の若いのや、年とった狼たちがすわりました。
その輪のまん中で、新しく生まれた子どもたちがいっしょに遊んでいました。年かさの狼たちは、かわるがわる前に進みました。彼らは、子どもたちを一匹ずつよく見ました。
最後に彼らは、輪の真ん中に座って、小石で遊んでいるマグワリのところへやってきました。
とつぜん、岩かげからほえる声がしました。それは、シア・カーンでした。「その人間の子はおれのものだ」彼はうなりました。「狼が、人間の子で何をしようというのだ」
何頭かの若い狼たちが同意しました。「われわれの群れに、人間の子なんかいらないぞ」彼らはどなりました。
「静かに」エイケラが命令しました。「みんなは、ジャングルの掟を知っているだろう。もし群れのうちの2頭がマウグリの弁護をしたら、彼はここにいてよいのだ」
母さんと父さん狼は、狼たちの輪をぐるっと見回しました。誰かが立ち上がって、マウグリのことを弁護してくれたらいいのですが。母さん父さん狼が、彼を弁護することは許されていないからでした。
狼たちは、じっとだまってすわっていました。母さん狼が、マウグリを失うことになるのではないかと思ったちょうどその時、うしろでうなり声が聞こえました。
それは眠そうな茶色熊のバルーでした。彼の仕事は、狼の子どもたちにジャングルの掟を教えることでした。彼は狼の群れの会議に列席することを許されている狼以外のただ一頭の動物でした。
彼はもう一度うなると、すわりなおしました。「わしが、その人間の子を弁護するよ。彼を群れといっしょに走らせなさい。わしが教える」と。
しかし、エイケラはいいました。「彼を弁護する動物はもう一頭必要だ」ちょうどその時、輪の中に黒いかげがさしました。それは黒豹のバギーラでした。
「私は友だちとしてきている、エイケラ」彼はのどを鳴らしました。彼の声は、はちみつのようにやわらかく、あまい感じです。「私はこの人間の子の顔が好きだ」 彼は続けました。「もし彼を群れにいさせる決定をするなら、雄牛をまるまる一頭あげよう。ちょうど殺したばかりなんだが、ふとっておいしそうだよ」狼たちはいつもお腹をすかせていました。雄牛まるまる一頭は大ごちそうでした。すぐにみんなは、マウグリを生かせるのに賛成しました。
シア・カーンはおもしろくありません。強く一声ほえると、ジャングルの中に消えていきました。

バルーの教え

何年も経ちました。マウグリは狼たちと楽しくくらしていました。母さん父さん狼は、とてもやさしくしてくれ、4頭の子どもたちも、自分たちの兄弟だと思っていました。彼はジャングルでの生き方を学びながら、日に日に大きく強くそだっていきました。
汚れたり、暑かったりすると森の中の池で泳ぎました。おなかがすくと、木の実や、果物、野生のはちみつを食べました。泳ぐのと同じくらいうまく木登りもでき、走るのと同じくらいに上手に泳ぐことができました。
毎日マウグリは、バルーに会いにいきました。かしこい年とった熊は、ジャングルについて知っておかなければならないことは、何でも教えました。バルーは枝に登る前にくさってはいないかどうかを知る方法を教えました。
はちの巣にであったら、野生のはちにどんなふうに話かけたらいいかを教えました。そして、マウグリは、飛び込む前に、池の水ヘビに警告を与えることも覚えました。
それから、狩用の呼び声がありました。ジャングルの動物は、それぞれ異なった呼び声をもっていました。そして、マウグリは、いたずらすることもありました。ほとんどの子どもと同様に、マウグリは、午前中じっとすわっていることは大きらいでした。マウグリがそわそわして集中しないときには、バルーはとてもおこりました。
ときどき、黒豹のバギーラが、どんなふうにマウグリがやっているかを見にきました。木の枝に寝て、やさしくのどをならしながら、ながめたり、聞いたりするのでした。
ある日、ちょうどバギーラが来たとき、バルーはマウグリをたたきました。小さな男の子は、ふくれてにげていきました。
バギーラはいいました、「まだほんの子どもだよ。君が教えることを何もかも覚えることはできないよ」
けれどもバルーは答えました。「ジャングルでは、小さすぎるから殺されないっていうことはないんだ。彼は覚えなくちゃいけない。だから、時にはやさしくたたいたりもするんだよ」
「やさしくだって」バギーラは鼻をならしました。「かわいそうな子は、君のやさしい前足から受けた打身だらけだよ」
「今朝は、彼に狩用の呼び声を教えていたんだ」バルーはいいました。「それなのに集中していなかったんだ」
「私もそれを聞いてみたいな」バギーラはいいました。
「どこにいるんだ、マウグリ」彼はよびかけました。「この上だよ」ふきげんな小さな声が上のほうでしました。「頭がいたいよ」マウグリはまだふくれて、木の幹をすべりおりてきました。「さあ、マウグリ」バルーがやさしくいいました。「バギーラに、今朝教えた呼び声を聞かせてやっておくれ」すぐにマウグリの顔がかがやきました。彼は見せる機会をもつのが大好きなのでした。
「どの動物の呼び声なの? ジャングルにはたくさんの言葉があるんだよ。ぼくはみんな知ってるんだ」
すぐにマウグリは、手を口にあてました。長くはっきりした音が唇からでてきました。「すごくいいぞ」バギーラいいました。「じゃ、蛇はどうかな」
マウグリは低く、シューシューという音を立てました。それから両足を後ろにけりあげて、手をならしました。彼はバギーラの背中に飛び乗って、光沢のある黒い毛皮をかかとで打ちながらすわりました。
バギーラとバルーは小さな男の子のおどけたかっこうに大笑いしたのでした。彼は呼び声を完璧に覚えていました。バルーは誇らしく胸をふくらませました。バギーラは自分の感情を表にあらわしませんでしたが、とても誇らしく思ったのでした。
マウグリは、バギーラの背中の上でピョンピョン飛び跳ねました。「いつか自分の部族をもつんだ。ぼくはリーダーになるんだよ」彼はどなりました。
「君は、何のことでどなっているんだい、マウグリ」バギーラはたずねました。「跳んだりはねたりするのをやめて、私たちに話しておくれ」
「時々ね、バルーがぼくをたたくとき、猿たちが木からおりてくるんだ。猿たちは、ぼくのめんどうを見てくれる。だれもぼくにかまってくれないのに」彼はもう少しで泣きそうでした。「猿たちだって」バルーはうなりました。「やつらは、誰のこともかまうもんか」
「ぼくに木の実を食べさせてくれるよ」マウグリが続けました。「いつか、猿たちのリーダーになるだろうっていっているよ。あいつらは、とてもおもしろいんだよ、バルー。どうして一度もあわせてくれなかったの」
バルーは、彼をまじめな顔で見下ろしました。「私のいうことを、よくお聞き。猿たちを信用してはいけない。あいつらは、私らのようなきまりをもっていないんだ。猿たちとつきあってはいけない」
マウグリは、バルーをじっと見つめました。今までに彼がそんなふうに厳しく話したことはありませんでした。
「ごめんなさい、バルー」彼は静かにいいました。バルーは抱きしめました。「もうこれ以上このことはいわないことにしよう」彼はやさしくいいました。

誘拐

朝の勉強が終わって、バルーとバギーラは昼寝するために横になりました。マウグリも彼らの間にもぐりこみました。やがて、みんなは静かに寝息をたてはじめました。
突然、2ひきの大きな猿が木から飛び降りました。マウグリの腕と足をつかんで、木のてっぺんまで引っぱり上げました。
小さな男の子は、まだ半分眠っていて、もがいたのですが逃げられませんでした。助けを呼ぼうとしましたが、猿たちのほえ声に消されてしまいました。
猿たちがマウグリをジャングルを通り抜けて連れ去るとき、木の枝や葉にこすられて、彼のむきだしの肌が傷つきました。顔や身体はやがて、ひっかき傷だらけになりました。
猿たちは、かたい小さな手をしていました。それは、猿たちがひきずっていくときに、マウグリの腕を傷つけました。
木から木へ飛びうつるとき、マウグリはめまいがしました。猿たちが落としたらどうなるのでしょう。地面はずっと下にありました。
バルーとバギーラのことを考えると、マウグリの目から涙があふれてきました。もう一度会えるでしょうか。
ちょうどその時、猿たちは休むためにとまりました。マウグリは、とても高い木のてっぺんにいることに気がつきました。ジャングルは広い緑の大海のように、まわりに広がっていました。そして、その青い空に鳶のチルがいました。
マウグリは深くいきを吸い込みました。その日の朝、バルーが教えた鳶の呼び声になりました。
鳶のチルは、何か悪いことがあったかとすぐに見に下りてきました。「おねがい、ぼくを助けて、チル」マウグリは叫びました。バルーとバギーラを見つけて、ぼくがどこにいるかを知らせてよ」
チルが返事をする間もなく、マウグリはジャングルの奥深くにひきずられていきました。

氷のかくれ家

「かわいそうなマウグリ」バルーは、何がおきたかを聞くと、そう叫びました。「どうしたらいいだろう。猿のように木々の間をぶらさがってすりぬけてはいけないしね」
「私に考えがあるよ」バギーラはいいました。「にしき蛇のカーにたのんで、マウグリをさがす手助けをしてもらおう。あいつは、猿たちの最大の敵だ。他のどんな動物よりもずっとこわいんだ」
彼らは、カーが暖かい岩の上で長くなっているのを見つけました。何がおきたかを聞くと、喜んで手伝ってくれました。でも、マウグリをどこから探し始めたらいいのでしょう。
ちょうどその時、「バルー、バルー、上を見て」という声がしました。彼らの頭の上に鳶のチルがいました。
「人間の子を見たよ」彼はさけびました。「猿たちが、氷の町のほうに連れてっているよ」
バルーはぞっとしてバギーラを見ました。氷の町だなんて。ジャングルの動物たちは、だれもそこへ行こうとするものはいませんでした。──猿たちをのぞいては。
氷の町は、むかしは、まわりにすばらしい宮殿がたてられた、大きな町でした。今では、その場所はこわれた家々と、暗い通りのほかには何もありません。幽霊がいるというものもいました。猿たちは、通りをいったりきたりして遊ぶのが大好きで、以前住んでいた王や女王になったつもりでいました。
「氷の町につくのは夕方までかかるだろう」カーはいいました。「すぐに行かなくちゃ」カーとバギーラがまず出かけました。バルーは、自分の足が許す限りせいいっぱい速くついていきました。
一方、氷の町では、マウグリが、こわれた家々の間をさまよっていました。とても疲れていましたが、猿たちは彼を眠らせようとはしませんでした。お腹はとてもすいていましたが、猿たちは、食べ物をもってくるのをずっと忘れたままでした。
彼が逃げ出そうとすると、猿たちは蛇でいっぱいの大理石でできた夏の家に閉じこめました。しかし、さいわいマウグリは、蛇の呼び声を思い出しました。蛇はその声を聞くと、すぐに友だちだとわかり、かんだりしませんでした。
マウグリは、かべの穴から外をのぞきました。月明かりで、夏の家のまわりのテラスに座っている猿たちがみえるだけでした。猿たちは、一頭ずつかわるがわる真ん中に立って、演説をしていました。数匹の猿たちは、聞いていましたが、ほとんどのものは、ワーワーいったり、口笛をふいたり、小枝や小石を投げあったりしていました。
ちょうどその時、月が大きな雲にかくされました。暗闇の中で、黒い影がテラスのほうにむかって音もなく動いていきました。突然、その影は、するどく、力強いかぎづめで攻撃をしはじめました。猿たちは、あっちこっちに投げ飛ばされ、おそろしい叫び声や、ほえ声があがりました。
マウグリは、目を疑いました。そこでいったい何がおこっていたのでしょう。

救出された

少しすると雲が空を移動し、マウグリは、その影がバギーラだとわかったのでした。その時、20〜30匹の猿が豹に飛び乗って、かんだり、ひっかいたり、引き下ろしたりしているのを見て、ギョッとしました。
マウグリは、声をふりしぼってどなりました。「水のところへいくんだバギーラ、水のところだ」
バギーラは、力をしぼって、何とか近くの小さな池に着きました。彼が水の中に飛び込むやいなや、猿たちは、背中から飛びのきました。ぬれるのが大嫌いなのでした。猿たちは、ピョンピョンおどりながら、バギーラが出てくるのを待っていました。
マウグリは、次に何が起きるだろうかと思いました。いくらバギーラでもたった一頭では、猿たちを負かすことはできないでしょう。バルーはどこにいるのでしょう。
マウグリは、その時、低く響くほえ声を聞きました。石のくだける音がして、バルーが、崩れる町の塀の上に姿をあらわしました。
「バギーラ、やっときたぞ」彼はどなりました。毛むくじゃらの身体で池のそばの猿たちの群れにとびかかりました。前足をふりまわし、猿たちを空中に投げ飛ばしました。4、5頭の猿を一度につかんで、強力な熊の握力でつぶしました。
しかし、後から後からたくさんの猿がやってきて、彼の巨大な背中に飛び乗り、バギーラを引き倒したようにバルーも地面に引き倒しました。
突然、髪の毛も逆立てるような音がしました。それは長く、低いシューシューという音で、そんな音を出すのは、ただ一頭の動物しかいません。
池のそばにいた猿たちが、ピョンピョン跳ぶのをやめました。バルーの背中の上の猿たちもとびのきました。彼らの最大の敵にしき蛇のカーが、自分たちのほうにむかってくるのを、みんな恐怖にかられてじっと見つめていました。
カーは、巨大な破壊槌のように、悲鳴をあげる猿をあちこちに投げつけました。カーの大きなしっぽは、数頭の猿を一度にまきつけ、絞め殺しました。他の猿たちは必死で逃げました。
自由に動けるようになるとすぐに、バルーは夏の家の戸をこわしはじめました。マウグリは、小さな腕を熊の大きな首にまわしました。「かわいそうにバルー」彼は叫びました。「かみ傷や、ひっかき傷だらけだよ」
バギーラは、水からはいでてきました。彼のつやつやした黒い毛皮も、ひっかかれたり、咬まれたりしていました。マウグリは2頭の友だちが、自分のせいでけがをしたことを考えると悲しくなりました。
マウグリは、カーに助けてくれたお礼をいいました。「いつの日が、君を助けてあげたらいいのだけど」彼はいいました。「君はすばらしい、小さな人間の子だよ」カーはニコニコしながらいいました。「たぶんいつの日か、君の助けを必要とすることがあるだろう」
バルーとバギーラは、長い帰途の道につきました。マウグリは、バギーラの背中に乗って、ぐっすり眠っていました。

赤い花

マウグリは、もう10歳になっていました。彼のジャングルでの生活は、たいくつということはまったくなく、とても楽しく、毎日何か新しい発見がありました。
マウグリは、大半の時間をバギーラたちといっしょにすごしました。彼らは日中は眠っていました。そして、夜になると、狩りに出かけるのでした。マウグリは、ジャングルの一番奥に入っていくのが大好きでした。バギーラといっしょにいるときは、ちっとも怖くありませんでした。
けれども、バギーラは心配でした。彼は、シア・カーンが群れの中の若い狼たちといっしょに過ごしている時間がふえてきているのに気がついていました。
リーダーのエイケラは年をとってきていました。やがてもっと若い狼にとってかわるでしょう。彼をまもってくれるエイケラがいなくなったら、狼たちは、マウグリを群れから追い出してしまうでしょう。
バギーラは、このことをマウグリに説明しようとしました。「だけど、なぜ狼たちは、ぼくを追い出したいの」マウグリはたずねました。「今までずっとジャングルでいっしょにくらしてきたのに。ジャングルの掟にもしたがっている。それに、狼たちが手からトゲをぬいてもらいにくるのは、このぼくのところへだよ。狼たちはぼくの兄弟のはずだけど」
バギーラは、首を長くのばしました。「小さな兄弟よ」彼はいいました。「私のあごの下をさわってごらん」 マウグリはその通りにしました。バギーラのあごのすぐ下の、黒い毛の全然ない部分をさわりました。
「長いあいだ首輪をはめていたから、毛のないところがある。首輪でこすれて毛がなくなったんだ。ここにいるものは誰も、わたしの過去を知らない。わたしは、王の宮殿の檻の中で生まれたんだ。母はそこで亡くなった。私はジャングルに逃げてきた。だけど、わたしが人間の中で暮らしてきて、人間のやりかたを知っているから、ジャングルの中の動物みんなに恐れられている。シア・カーンだって私を恐れているくらいだ」
「でも、ぼくはこわくないよ」マウグリはいいました。
「そうだね」バギーラは答えました。「君は私をこわがっていない。人間の子だからだ。そして、わたしがジャングルでくらすためにもどってきたように、君も人間の世界にもどらなくちゃいけない。人間が君の本当の兄弟なんだ。そうしなかったら、つぎの群れの会議で殺されるかもしれないよ」
「でも、なぜ狼たちは、ぼくを殺したいの」マウグリはまだわからなくてたずねました。
「わたしを見て」バギーラはいいました。マウグリはバギーラの目をまっすぐのぞきこみました。豹はすぐに顔をそむけなくてはならなくなりました。
「そういうことなんだ」 彼はいいました。「私でさえ、君の目をのぞきこむことができない。人間の中で生まれたのにね。他のやつは、君のその目のせいで君をにくむのだよ。君は自分で考えることができる人間だからだ」
マウグリは、かたまりがのどに上ってくるのを感じました。「ぼくはどうすればいいの」彼は、ふるえる声でたずねました。「村へ下りていかなくてはいけない。そこで人間は赤い花を育てている。それを少しつみなさい。そうしたら、狼たちは君の近くにこないだろう」
マウグリは、赤い花が何なのかを知っていました。それは、ジャングルの動物たちが火につけた名前でした。彼には、それがこわくありませんでした。
彼は、丘を下って、村に下りていきました。そこで、小さな女の子が真っ赤になった石炭のいっぱい入った火桶を持っているのに会いました。彼は、彼女のところへかけよって、その火桶をパッととりました。そして、ジャングルに急いで戻りました。
マウグリは、枯れ葉と木切れで赤い花をふやさなければならないことを知っていました。さもないと死んでしまうのです。一日中、赤い花をふやしながら、ほら穴にすわっていました。夜がくると、彼は岩の会議場にむかいました。
エイケラは、いつもの場所にいませんでした。そのかわり、横の岩に横になっていました。それは、新しいリーダーを見つけなくてはならないことを意味していました。
シア・カーンが岩の一番上に立っていました。まるで、新しいリーダーであるかのように、狼たちにむかって演説しはじめていました。すぐにマウグリは彼の横に飛び乗りました。
「なぜ虎に君たちを支配させるのだ」彼は叫びました。「狼は狼によって統率されるべきだ」
それを聞いて、何頭かの若い狼がさけびました。「お前は人間の子だ。何の権利があって岩の会議場に立っている」
「おれに人間の子をつかまえさせろ」シア・カーンが威嚇してほえました。
エイケラが頭を持ち上げました。「人間の子を静かに行かせてやりなさい」彼は弱々しく言いました。
議論が激しい戦いになる前に、マウグリは、木の枝をとりあげると、真っ赤に燃える火桶につっこみました。すぐに炎が上がってきました。彼は、頭上にその燃えている木をかかげました。
狼たちとシア・カーンは、驚きあわてて岩やしげみの後ろにかけこみました。マウグリはひとりで、岩の会議場の一番上に立っていました。
「ぼくは、群れを出ていかなくてはならないのはわかっている。 彼は叫びました。「だけど、いつかはきっと帰ってくるよ。そして、その時は、シア・カーンの皮を持っているはずだ」
こういうと、彼は、シア・カーンにむかい、燃えさかる枝でそのひげを焦がしました。
虎は叫び声をあげると、ジャングルの中に姿を消しました。ほとんどの狼が彼についていきました。
マウグリは、バギーラと、母さん、父さん狼、兄弟姉妹の狼の子どもたちといっしょに残されました。
「さようなら、小さなマウグリ」母さんと父さん狼がいいました。「わたしたちは、決してお前のことを忘れない」
「ぼくも、あなたたちのことをいつも考えています」マウグリは、決して離さないとでもいうように、母さん狼をだきしめながらいいました。兄弟姉妹たちは、悲しくほえていました。
「ぼくは、すぐに君に会いにいくよ」グレー兄さんが約束しました。それからマウグリは、バギーラをふりかえって見ました。「君に会えなくなると、すごくさびしいよ」彼はバギーラの耳にささやきました。
バギーラはぐっと我慢しました。「君が、ぼくを必要とするときには、いつもここにいるからね。さあ、早く行くんだ」
悲しそうにマウグリは丘を下っていきました。村に向かいながら、新しい生活はどんな冒険をもたらすのだろうかと考えました。

村での生活

マウグリは、日の出と同時に村につきました。村の門を開けにきた男は、モジャモジャの髪をした見かけない男の子が地面に座りこんでいるのを見て、とても驚きました。
マウグリはおなかがすいていましたが、その男に何ていったらいいのかわかりませんでした。そこで彼は、口を開けて、その中を指さしました。男はじっと彼を見つめ、それから村へ走って帰りました。
男は、白い服を着て太った村の酋長といっしょにもどってきました。やがてみんなが家から出てきて、マウグリをじろじろ見て、指さしました。一人の女の人が、マウグリをずっと以前に亡くした自分の息子にちがいないといいました。その子はすごく小さかったときに、虎にさらわれたのでした。もちろん、マウグリには、これらのことは全く理解できませんでした。
その女の人は、名前はメシュアといい、マウグリを自分の家に連れて行きました。彼女は彼にやさしく、ミルクとパンを与えました。それはとてもおいしい味でした。
マウグリは、家の中にいたという記憶がありませんでした。メシュアは、いすを指さしました。「いす」彼女はいいました。すぐにマウグリは、その言葉をくりかえしました。夕方までに、彼はたくさんの言葉を覚えました。
その夜、メシュアはすみの小さなベッドに毛布を広げてくれました。「もう眠る時間よ」彼女そういいました。マウグリはベッドに入り、彼女は彼をつつみこんでくれました。
けれどもマウグリは、ベッドで眠ったり、まわりに壁や屋根があるのは好きではありませんでした。ほら穴では、外をながめ、星を見ることができたからです。
マウグリは静かにベッドから出て、窓をよじのぼり外に出ました。そして彼は、家の近くのたけの長いすずしい草の中に横になりました。メシュアは、マウグリがどこで眠っているのか知っていましたが、おこりませんでした。
真夜中にマウグリは、頬にやわらかな鼻がおしつけられるのを感じました。それは、グレー兄さんでした。
「ニュースをもってきたよ」グレー兄さんはささやきました。「シア・カーンがお前のことにすごく腹を立てて、ぜったいお前を殺すといっているぞ」
「あいつなんか怖くない」マウグリは答えました。「ときどき会いにきてくれないかな」
「うん」グレー兄さんはいいました。「牧草地のそばに生えている竹やぶの中で待っているよ」そして、さよならをいうと、いそいでジャングルにもどっていきました。
続く何か月間は、マウグリにはとても忙しい日々でした。人間についておぼえなくてはならないことがいっぱいありました。たとえば、お金を使うこと、それは村人にとっては大切なことのようでしたが、マウグリにはピンときませんでした。また、耕したり、種をまくことも覚えなくてはなりませんでした。
やがて、彼は他の子どもたちと同じくらい話すことができるようになりました。けれども、時々ことばがゴチャまぜになってしまうことがあり、子どもたちは彼のことを笑いました。それはマウグリを怒らせましたが、ジャングルでの生活が彼に、絶対我を忘れてはならないということを教えてくれていました。彼は他の子どもよりずっと強かったのですが、けがをさせたりしませんでした。
ある日酋長がマウグリに、牛や水牛を牧草地に連れて行くようにいいました。牛たちが草を食べている間、一日中監視しているのを手伝うのでした。
マウグリは喜びました。仕事をもてたので、もう、村の男たちといっしょに席につくことができるのです。彼らは、毎晩大きな木の下で集会を開くのでした。それは、マウグリに群れの会議のことを思い出させました。
男たちのうちの一人、バルティオは、村の猟師でした。彼は、ひざに銃をおいて、幽霊や小悪魔や、ジャングルでのふしぎなできごとの話をするのでした。
男たちの目は、彼の話を聞くと、目が顔から飛び出しそうになりました。でも、マウグリはそんな話はほんとうのことではないことを知っていました。何もいいませんでしたが、彼のほうがずっとよく知っていたのでした。

虎だ、虎だ

つぎの朝、マウグリは大きな雄牛のラーマの背にのって、牛の群れといっしょに牧草地へむかいました。そこで彼は、牛の監視をしていたほかの村の子どもにあいました。
牛たちは、草を食べながら、ゆっくり移動してきました。水牛は、泥水の中をゆっくり進みました。
木陰にすわって、小石で遊んだり、草でかごを編んだりしました。歌をうたったり、ドロのパイを作ったりしました。疲れると、かわるがわる眠ったりするのでした。
太陽が傾きはじめると、子どもたちは、牛の群れを呼び集めて、村に帰ってきました。
牧草地での日々は、単調でした。マウグリには、ジャングルでの冒険がなつかしくてなりません。ある日、マウグリがいつものように牛の群れを見ていると、グレー兄さんがかけよってきました。
「シア・カーンがお前をさがしているぞ」彼は息をきらしていいました。
「よし」マウグリはいいました。「覚悟はできている。牛の群れを2つに分けるんだ、そうしたら、シア・カーンを真ん中に閉じ込めることができる。でも、ぼくたちにはもっと助けが必要だ。
「手助けにきているぞ」ききおぼえのある声がしました。
「エイケラだ」マウグリが叫びました。エイケラが自分を忘れないでいてくれたことを、とてもうれしく思いました。
「牛の半分をつれていってくれませんか、エイケラ」マウグリはいいました。「グレー兄さんは、残りの半分を連れて行って」2頭の狼は、すぐにマウグリがいった通りに走っていきました。
マウグリは、ラーマの背に乗りました。ちょうどそのとき、シア・カーンが現れました。うなって、鋭い歯をむきだしながらマウグリにむかってきました。
「エイケラ、グレー兄さん」マウグリが叫びました。
狼たちが牛の群れを前方に追うと、ものすごい地響きがおこりました。
シア・カーンは、水牛の群れが自分のほうに向かってくるのを見ると、わなにはまったのに気づきました。彼は長い、長いほえ声をあげました。
けれどもどんなに声をふりしぼっても、それは、もう彼を助けることはできませんでした。ひづめのドーッという音と、角のガチャガチャふれあう音とともに、2つの群れがいっしょになって向かってきました。シア・カーンはふみつぶされました。猛もうとしたほこりが空中に立ちこめました。
村の子どもたちは、その出来ごとを見ると、家にかけもどりました。
マウグリは、巨大な虎の皮をはぎはじめました。狼たちは、その鋭い歯で手伝いました。
村の子どもたちは、すぐにもどりバルティオをつれてきました。狼たちは、彼に見つかる前にかくれました。バルティオは目を疑いました。若者が10フィートもある虎の皮をはぐとは。
「何をしてるんだ」彼は追及しました。「なぜ牛たちを暴走させたんだ」マウグリは、ナイフを使うのに忙しく、答えませんでした。
「お前はずっと悪い子だ」バルティオは続けました。「その虎がつかまったのは、単にお前がついていたからだ。その毛皮には100ルビーもの値打ちがあるんだ。その毛皮をおれによこせ、そしたらお前に1ルビーやるから、とっていいぞ」
「毛皮はぼくのものです。マウグリはいいました。「お金なんかいりません。あっちにいってください」
「そんなことよくいえるな」バルティオはどなりました。「その毛皮をおれによこせ」ちょうどその時、グレー兄さんとエイケラが岩かげから躍り出ました。バルティオはふるえあがりました。
「バルティオをそっと行かせてあげましょう」マウグリが叫びました。バルティオは向きをかえて、村に逃げ帰りました。マウグリが虎の皮をはぎ終えた頃には、ほとんど暗くなっていました。エイケラとグレー兄さんは、牛の群れを追って村へ戻る手助けをしました。
村人たちみんなが、門のところで待っていました。マウグリは、暖かい歓迎を受けるだろうと思っていました。彼は、強いシア・カーンを殺したのですから。
けれども、村人たちは怒っているように見えました。マウグリに石を投げました。「出ていけ」彼らはさけびました。「お前の悪い魔法をジャングルにもって帰れ、狼の子め」
バルティオは、みんなにマウグリが魔法使いにちがいないといっていたのでした。彼は、マウグリが自分に魔法をかけた、そして、2頭の巨大な動物が彼についていた」といったのでした。
マウグリは、自分がしたことが、そんなに悪いことだということが理解できませんでした。村人たちがなぜ自分のことを怒っていたのでしょう。その時、メシュアが彼のところにかけよりました。
「私のかわいいぼうや」彼女は叫びました。「あなたが、いい子だってこと、私はわかっているわ。でも、あなたはすぐにジャングルに帰らなくてはいけません。もしここにいたら、村の人たちはあなたを殺すわ。さようなら。私の息子」彼女はマウグリにキスし、すすり泣きながら家にかけもどりました。
グレー兄さんが、ラーマの背中からマウグリをひっぱりました。「早くおいで」彼は叫びました。「遅くならないうちに」
こうして、マウグリと、狼の兄弟たちは、ジャングルにかけもどりました。

帰宅

マウグリが母さん狼のところに帰ったのは、ちょうど太陽がのぼりはじめたときでした。「村人から追い出されたんだ」彼はいいました。「でも、ぼくは約束は守ったよ」
そして彼は、シア・カーンの毛皮を母さん狼の足もとにおきました。「いつか帰ってきてくれると思っていたわ」母さん狼は、目にうれし涙でいっぱいにしていいました。「それに、お前がシア・カーンを殺すだろうってこともね」
みんなは、岩の会議場にのぼっていきました。
マウグリが巨大な虎の毛皮を広げると、エイケラがその上に座りました。そして彼は、群れ全体を岩のところに呼び集めました。
マウグリは、一番上のエイケラのとなりに座りました。
「ぼくは帰ってきました」マウグリは叫びました。「そして、シア・カーンを殺すという約束を果たしました。
1頭の年とった狼がさけびました。「また、われわれのリーダーになってくれエイケラ。われわれのリーダーになってくれ、人間の子」
「そうだ、そうだ」他の狼たちも大声でいいました。「エイケラと人間の子をわれわれのリーダーにしよう」
「いいえ」マウグリは答えました。「ぼくはあなたたちが兄弟だと思っていたのに、ぼくを追い出した。村人たちもぼくの兄弟だと思っていたのに、彼らもぼくを追い出した。これから先、ぼくはひとりで狩をすることにする」
「ぼくもいっしょに狩をするよ」グレー兄さんがいいました。「それに、わたしたちも忘れないでくれよ、小さな兄弟」バルーがいいました。
「そうだよ」バギーラも同意しました。「きみがぼくたちを必要とするときには、ぼくたちはいつでもいるのだから」
そこで、マウグリとグレー兄さんは、いっしょに岩の会議場を去りました。そして、その日からずっと、自分たちの愛するジャングルの中で、幸せに暮らしたのでした。


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