レディバードブックス100点セット
 

 

ダイアナ妃物語

子ども時代

彼女は、美しく魅力的な女の子でした。みんな、彼女の温かい心と、優しさが大好きでした。この、短い人生を送ることになった王妃は、1961年7月1日、ダイアナ・スペンサー嬢として生まれました。彼女は、アールズ・スペンサー氏と彼の最初の妻とのあいだに生まれた3番目の娘でした。家族は、ノースアンプトンシャーのアルソープの家にいましたが、ダイアナはサンドリンガムの女王の私有地で多くの時を過ごしました。アンドリュー王子やエドワード王子と遊んでいました──そして、彼女は2人の王子の母親を「リリベットおばさん」と呼んでいました。

ハイティーン時代

ダイアナは決して伝統にはとらわれませんでした。おとなしく、はずかしがりやで、音楽とバレーが大好きでした──そして子どもも大好きでした。やがて彼女は、ウェストハース・スクールを卒業した1977年(チャールズ皇太子と知り合った年)、ピムリコにある保育園の先生の仕事につきました。王位の後継者との恋愛がうわさになり始めたため、そこには長くはいられませんでした。その恋愛はゆっくり始まりました。ところがその後、彼女は休暇中にスコットランドのバルモラル城に行ったことが、王室報道陣の興味に火をつけてしまったのです。一瞬のうちに、ダイアナは報道陣の関心の的になりました。

皇室

プライバシーはもう過去のものとなり、無くなってしまいました。ダイアナが行くところどこでも、──買物、仕事、食事、いつでもカメラを持った人たちがそばにいました。
うわさはますます広まり、ダイアナは世間の注目をあびて休暇にスキーに行くのも中止しなくてはなりませんでした。
そして、ついに1981年2月、チャールズとダイアナの婚約が発表されました。すべてがハッピーエンドのように見え、2人は7月29日に結婚を予定しました。

ロイヤルウェディング

世界中が、ダイアナの結婚式を期待し、その時を楽しみました。7億人の人々がテレビで式を見ました。セント・ポール大聖堂の外は大観衆であふれ、その大歓声が中継されました。

彼女の子どもたち

ダイアナは、子どもが生まれて、とても幸せでした。彼女は子どもたちをのびのびと、注意深く面倒をみて、しっかりと育てました。最初の息子ウィリアムズがまだ赤ちゃんだったのにもかかわらず、彼女はチャールズといっしょに、彼をオーストラリア旅行に連れて行きました。

ファッションリーダー

ダイアナが行くところどこでも、女性たちは彼女が着ているものを熱心に見つめました。彼女の髪型、靴、宝石。そして、実際に彼女のファッションは賞賛され、真似をされました。

友だち

ダイアナにはさまざまな業界にたくさんの友だちがいました。そして、有名人たちは彼女の誠実さに魅せられました。みんな彼女を心から愛していました。彼女が行くところどこでも、誰といっしょなのかに人々は興味を持ちました。

世紀の売り出し

失望した結婚生活が終わったあと、ダイアナの生活は変わりはじめました。彼女は、支持するチャリティとのつながりがない催しには、ほとんど出席しませんでした。
やがて、彼女が79着のとてもすてきなドレスがオークションで売り出されました。人々は群がって買い求め、巨額のお金がチャリティに寄付されました。

世界中に援助の手を

すこしずつダイアナは新しい人生を過ごし始めました。彼女を必要とする人たちのところへ出かけました。彼女は人々の手助けができ、ちょっとした優しいふれあいで、ものごとを改善できると考えていました。やすらぎを求める人たちは、彼女のそばでそれを感じることができました。

人々の王妃 (1961〜1997年)

プリンセス・オブ・ウェールズ、ダイアナ妃は、非常に美しく、かわいらしく、喜びのもとでした。彼女は親切で、勇敢で、とても正直でした。世界中の人々は、彼女がいないのを惜しみます。彼女は私たちの心の中で行き続けます。


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