保己一は、しっかりした子どもでした。父や母の悲しみをよく理解して、いつも明るくふるまうように、自分から心がけました。
「目が見えなくても、ふつうの人に負けないくらいの知識は、身につけさせてやらなければ……」
やがて保己一は、両親のこのようなねがいで、寺の和尚が開いていた寺子屋へかよい始めました。
保己一は目が見えませんから、寺子屋へ行っても字を書くわけでもなく、そろばんを習うわけでもありません。ただ、じっとすわって、和尚の話を聞いているだけでした。ところが、和尚が読み聞かせてくれた本の内容を、1度聞いただけなのに、たいへんよくおぼえていました。
和尚は、あるとき、保己一の記憶力をためしてみようと考えて、歴史物語『太平記』の初めのほうを読み聞かせてみました。すると保己一は、ひとこともまちがえずに、おぼえているではありませんか。
すっかりおどろいた和尚は、それからも毎日、少しずつ読み聞かせをつづけました。そして、およそ半年かかって『太平記』全部の読み聞かせを終えると、すぐに、保己一に初めから暗唱させてみました。
保己一は、すらすらと暗唱していきます。途中でひっかかることもありません。まちがいもありません。
「ああ、こんなにかしこい子の目を、仏さまは、なぜ救ってくださらなかったのだろう……」
和尚は、なみだを流して、くやしがりました。
1度耳に入れたことは、ぜったいに忘れなかったという話が、ほんとうのことであったかどうかは、わかりません。でも保己一に、光を失ったかわりにすぐれた記憶力があったことは、けっしてまちがいではありません。