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渡辺崋山 1/6

失敗ばかりの少年時代

イラスト 江戸時代の終わりに、日本の進むべき道をしっかり見つめて生きた渡辺崋山は、1793年に、江戸(東京)で生まれました。このころは、外からは日本との交わりを求める外国船の来航がつづき、国内では、たびかさなるききんで農民の反乱が起こるという、不安な時代でした。崋山が生まれた年にも、天皇中心の尊王論を説いた高山彦九郎が自殺し、外国から日本を守る国防論をとなえた林子平が、牢獄で死んでいます。
 崋山の父は、三河国(愛知県)田原藩の江戸づめの武士でした。しかし、ろく高(給料)は低く、家は貧乏でした。
 崋山は長男です。しっかりしないといけません。ところが、少年時代の崋山は、いつも失敗ばかりしました。
 「6歳のころ、ひき車にぶつかって、みぞに落ちたとき、わたしは、気を失ったわけでもないのに、なぜか泥のなかにあおむけになったまま、しばらくたおれていたらしい。ふつうの子なら、すぐ起きあがってくるのに……」
 崋山は、のちにこう語って笑ったことがあります。頭がおかしかったからでも、とくに運動神経がにぶかったからでもありません。考えごとを始めると、夢中になってしまうくせがあったのです。
 11歳のときには、命をおとしてしまったかもしれないほどの、大失敗をしました。やはり、考えごとをしながら、日本橋の通りを歩いていたときのことです。
 「ぶれい者め! ひかえろ!」
 大声に、あっと気づいたときは、もう、ておくれです。崋山は、大名行列の前を横切ろうとしていました。おとなだったら、たちまち切り捨てられているところです。幸い、子どもだった崋山は、命は助かりました。でも、家来からひどくなぐられました。
 このとき、ふと、行列のなかの美しいかごを見ると、そのかごに乗っていたのは、自分と同じ年くらいの若君です。同じ人間なのに……。こう思うと、なぜだか悲しくてしかたがありませんでした。
 湯をわかしながら、かまどの火明かりで本を読んでいて、たいせつな着物をすっかりこがし、母にしかられたこともあります。しかし、このような崋山も、成長するにしたがって、たのもしい青年に変わっていきました。


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