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シュバイツァー 1/6

わんぱくでも反省を忘れない少年

 アフリカは、20世紀に入ってからも、まだ暗黒の大陸と呼ばれ、ほとんどだれも近づこうとはしませんでした。その未開のジャングルにわけ入って、病院を建設し、黒人を苦しみから救うために、生涯をささげた医師がいます。アルベルト・シュバイツァーが、その人です。

 「人間は、一人だけで生きることはできない。ひとつの命は、あらゆる命とつながっている。だから、すべての命をたいせつにしなくてはならない」

 シュバイツァーは、1954年にノーベル平和賞を受賞し、ジャングルの聖者として、世界じゅうの人たちに知られるようになりました。

 シュバイツァーは、1875年にブドウの産地として有名なドイツの上アルザス州(のちにフランス領となる)に牧師の子として生まれました。

 わんぱくざかりのシュバイツァーは、わがままにふるまったり、ときには、いたずらをして両親を困らせたりするあたりまえの少年でした。少しだけちがうのは、ほんとうにいけないことをしてしまったときには、いさぎよく反省することでした。

 シュバイツァーが小学生のころのことです。みすぼらしいロバに荷車を引かせたユダヤ人の商人が、村にやってきました。子どもの目には、ものめずらしかったので、うしろからぞろぞろとついて歩きました。そして、着ている服が、そまつだといってはばかにしたり、よろよろと歩くのをあざけっては石ころを投げつけたりしました。

 ユダヤ人は、すっかり困りきっていました。それでもなお、やさしいほほえみを浮かべ、だまって子どもたちを見つめているのです。見つめられたシュバイツァーは、電気にうたれたようなショックをおぼえました。たとえ人にいじめられても、にくしみやねたみをいだいてはならないということを、だまって教えられたような気がしたからです。

 学校から帰る途中で、こんなこともありました。からだの大きな年上の友だちと、力くらべをしたのです。だれの目からも、小さなシュバイツァーが勝つとは思えませんでした。ところがどうでしょう、その友だちを押し倒してしまったのです。倒された友だちは、くやしそうにつぶやきました。

 「ぼくだって、きみみたいに肉のスープをたくさん飲めたら、きっと勝てたさ……」

 これを聞いたシュバイツァーは、目の前がまっくらになったような気がしました。

 その日からシュバイツァーは、おいしい肉のスープをまったく飲まなくなってしまったのです。両親がどんなにすすめても、がんとしてききません。飲まないのでなく、ほんとうに飲めなくなってしまったのです。スープを見ただけで胸がもの悲しさでいっぱいになり、どうしても飲めなくなってしまうのです。

 シュバイツァーの家も、決して金持ちといえるほど裕福ではありませんでした。シュバイツァーが中学校に進学するときも、伯父の援助を受けなければならなかったくらいです。でも貧しい近所の子どもたちに比べれば、やはり「牧師のぼっちゃん」にはちがいありません。

 こんなことがあってからというもの、村の子どもたちのだれも持っていないオーバーや、帽子や、手袋などを身につけようとはしなくなりました。自分ひとりだけがおしゃれをして、いい気になれなくなったからです。


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