オンラインブック せかい伝記図書館
与謝野晶子 1/9

駿河屋のいとはん

 「駿河屋のいとはんは店番しながら本ばっかり読んでいる。かわったいとはんや」

 堺の町の人はそういって、駿河屋のむすめ晶子のことをうわさしました。

 駿河屋は堺でも名高い菓子問屋です。京都や大阪にもその支店があり、駿河屋のねりようかんは関西では知らない人のない名物でした。

 晶子は13、4歳のころから、ようかんを包んだり、和菓子を箱にならべたりして、よく父を手伝いました。

 駿河屋の長男は家の商売をきらって東京の帝国大学に進学しました。弟はまだ小さくて役に立ちませんし、母は妹たちの世話で忙しくしているので、しっかりものの晶子を父は頼りにしていました。晶子はそろばんが得意で計算がはやいので店のしごとをどんどんこなし、女学校を卒業するころには父の片うでとなって店をきりもりするまでになりました。


もどる
すすむ